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さらば“King George”──ヤンキース中興の祖

2010年07月14日 | Baseball/MLB

George Michael Steinbrenner 掘1930-2010) 

 あれは2000年の9月だったか、ヤンキースタジアムでの取材を終えて、メディアダイニングに通じる通路から引き上げているところで、ジョージ・スタインブレナーと鉢合わせしたことがあった。

 その日のデイゲームではヤンキースがマリナーズに快勝し、悪名高き“King George”もご機嫌だったようで、ダース・ベイダーを目の当たりにしたような気分になっている私に対し、ニコニコ顔で「やあ、日本から来たのか?(当時は伊良部秀輝が在籍していた)」と声をかけてきた。

 スタインブレナー、ベルルスコーニ(イタリア首相、ACミランオーナー)、ナ○○ネを指して、「世界プロスポーツ三大極悪オーナー」と呼ぶ向きもある(もっとも最後の一人はそれほどの大物じゃないが=笑)が、少なくともスポーツ経営者、そして人間としては、スタインブレナーはほかの二人よりもずっとマシな人物だった。

 ちょうど日本で球界再編、一リーグ制騒動が持ち上がっているころ、○ベ○ネをスタインブレナーになぞらえる論調の記事を新聞や雑誌で目にしたことがあり、私自身もそうした質問を受けたことがあるが、そのたびに私はこういったものだ。

「スタインブレナーは1973年に1000万ドルで買収したヤンキースの資産価値を、30年で世界のプロスポーツチーム中、トップクラスにまで押し上げた。ナ○ツ○は逆だろ? ドラフトを形骸化させ、金満球団ばかりに有利な名ばかりFA制度を導入して、金にあかして次々と有力選手を獲得しても成績につながらず、テレビ中継の視聴率は下落して、資産価値を大きく減じさせた。上場企業なら当然経営責任を問われて解任されてもおかしくないはずだ。スタインブレナーの足元にも及ばないよ」

 数多くの監督を「13階段」に送り続け、主力選手を誹謗中傷(伊良部は「太ったヒキガエル」、松井も「ゴロばかり打っている男」と呼ばれた)することも日常茶飯事だったスタインブレナーだが、それでもベースボールやヤンキースの歴史に対するリスペクトは、○○○ネとは比べ物にならなかった。いま、ヤンキースタジアムの「モニュメントパーク」に飾られた15(16人)の永久欠番のうち、9人分はスタインブレナーのオーナー就任後に指定されたものだ。モニュメントパークには選手や監督だけでなく、ボブ・シェパード(PAアナウンサー)やメル・アレン(専属実況アナウンサー)のような裏方さんたちもその功績をたたえられて記念碑が飾られている。ヤンキースの買収が決まった時に最初にしたことは、ルー・ゲーリッグの伝記映画『打撃王(The Pride of The Yankees)』の鑑賞だったという。

 5度の就任と解任を繰り返したビリー・マーティン監督との関係は、(結婚・離婚を繰り返したことで有名だった)リチャード・バートンとエリザベス・テイラーにたとえられたが、89年のクリスマスにマーティンが交通事故で非業の死を遂げた時、もっとも悲しんだのはスタインブレナーだった。

 2003年に渡米したとき、テレビでデレク・ジーターと共演したカード会社のCMに出演しているのを見たときは大笑いさせられた。この年、スタインブレナーはジーターに「NYのナイトクラブをはしごするなど夜遊びが過ぎる」と例によってメディアを通じて苦言を呈したのだが、このCMはスタインブレナーに説教されているジーターが「これがあるから大丈夫だ」とVISAカードを取り出しと、一転してスタインブレナーがジーターや若いお姉ちゃんたちとバカ騒ぎを演じるという抱腹絶倒の内容だった(ちなみにここのCM出演と前後して、ジーターはヤンキースのキャプテンに指名されている)。実はマーティンとの不仲がNYのメディアをにぎわせているころも、二人でミラービールのCMに出演し、「ふだんは仲の悪いおれたちも、このビールのうまさには意見が一致する」とのたもうて世間をあっと言わせた。そもそも独立記念日の7月4日が誕生日だということからして、生まれながらの「役者」だったのかもしれない。

 ニクソン大統領への不正献金問題や、デイブ・ウィンフィールドのスキャンダルを暴くために闇社会の人間を雇うなどして、数度の資格停止処分を食らうなど、球団経営者としては毀誉褒貶相半ば、というより悪評のほうが高かったかもしれないが、それでも60年代後半から70年代半ばにかけてドアマットチームに落ちぶれていたヤンキースを立て直した功績は、やはり大きいものがある。

 オーナー就任以来、スタインブレナーは良くも悪くもNYのプロスポーツシーンの中心人物であり、その強烈な個性にあやかって、NYや東海岸を本拠地にしていたプロレス団体WWEのオーナー、ヴィンス・マクマーン・ジュニアは、自ら「悪のオーナー」のギミックを演じることになったのだろう。

 ここ数年はヤンキースタジアムや自身の名前がつけられたフロリダ州タンパのキャンプ地球場に足を運ぶことはあっても、病気で衰えた自身の姿を見せたくなかったのか、メディアやファンの目に触れる機会はほとんどなくなっていた。おそらく一昨年のオールスターゲームで始球式の「ボールボーイ」を務めたのが、公の場に姿を見せた最後ではなかっただろうか。奇しくもオールスターゲームと時を同じくして旅立ったのは、ホームランダービーで宿敵レッドソックスの主砲デイヴィッド・オルティーズが優勝したニュースをトップ項目にするのを阻止するための「確信犯」だったのではないかさえ思える(笑)。何しろヤンキースのオーナーに就任して最初に腐心したのは、NYのタブロイド紙の裏一面(スポーツ面)をメッツから奪い取ることだったのだから。

 おそらく今頃は、天国の門で缶ビール片手に待ち構えていたビリー・マーティンに、「こんなところに呼び出すなんて、貴様はクビだ!」と叫んで、口泡飛ばしながら言い合いをしていることだろう。その光景を、ジョー・ディマジオミッキー・マントルフィル・リズート、そしてひと足早く旅立ったボブ・シェパードさんたちがにこやかに見つめているのではないだろうか。 

 

 

  

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1 コメント

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Unknown (jeter)
2010-07-14 12:18:44
ご無沙汰しております。

惜しい役者が旅立ってしまいました。
どこからも呼ばれてませんが、来週弔問に行ってきます。

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House that George built @ヤンキースタジアム デシタ。 (I LIVE FOR THIS by "j"eter)
コンコースを三周もするとごちそうさま状態なのだが、 「市営球場でここまでやるか?」と疑ってしまう程の すんばらしいハコモノの大傑作である。