ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。世界中の人がファシリテーターになればイイのに。

僕の心の苦しみの原因を、通信制限の日に気づく。

2017-04-24 | 雑念
先日の僕のグループワークに関する苦しみを描いておこう。

運動制限、特別支援、消極的、多様なメンバーに翻弄される。

そして結局、僕が1番苦労しているのがゲームのネタやシークエンスや立ち振る舞いなどの目に見えるスキルや経験ではないことが分かってくる。

そう、僕は多分、関係を作ることに苦労している。

参加者メンバーと"繋がる"という感覚

僕がこの仕事(グループファシリテーター)を選んだ理由

「多くの人と感動を共有したいから」

それは僕にとって最も難しく、苦しみ抜いた人生の課題

本当にただの僕という人間の素の部分が苦しみの根本に存在している。

休憩中に話しかけてみる。
ゲームとゲームの合間に休憩中に聞いた部活動の話をして共通の話題を探す。
僕の旅の話の断片を織り交ぜて、変なおじさんぷりを垣間見せる。

そうやって少しずつ緊張を取り、笑顔を作っていく。

僕のグループは活発に見えて、楽しそうに盛り上がっている…というイメージだそうだ。
フィードバックもそういう見解が多い。

しかしそれはただゲームの流れを作るのが上手いだけ!つながりを作るのが速くて上手くて、な人はナンボでもいる。

僕はやっぱりそこがハンデなのかもしれない。

だって指導してないときの僕は人間関係作ろうとしないもん!

つまり普段の僕という人間とグループワーク指導のhokutomanの時と違う人間なのだ。

それでは参加者も心を開いてくれないのは当たり前だ。

僕は「心を震わす体験」をすることが人の成長に繋がると信じている。そしてその体験を共有すること。

その「心を震わす」という所まで行かずに表面的な楽しさや盛り上がりを取り繕っているのではないか?

僕のグループワークは当たり障りのない関わりなのではないか?

本気で目の前の人たちと関わろうとしているのだろうか?

「僕はこんな人間だよ。もっと君たちのことを教えて?一緒に遊ぼう!」と近づいているのだろうか?

客観的な距離が、「ただの先生」のような雰囲気を醸し出しているのではないだろうか?

僕の苦しみはココにある。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 早い朝に目覚めてしまった。 | トップ | 悲しみの中からクリエイト »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

雑念」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。