ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。1人の男のただの日常の一コマ。

ヒマワリの種を植える

2017-03-21 | 雑念
冷静に思う。
なんで僕は教育界の端の端に足を突っ込んでいるのだろう。儲かりもしない所に立って底なし沼に沈んでいく僕は、もがけばもがくほど深みにはまる。もう鼻のあたりまで泥水が来ているような気がする。

このまま"都合のいい講師"として過ごすのか。それとも新しい世界に身を投じるのか。これは何度目のターニングポイントだろう。僕の人生はターニングポイントしかないようだ。

誰かが引き上げてくれる訳がない。何を幻想を夢見て来たのか。楽しいことを追い求める蛾の様にはためきながら光に近づく。それがコンビニの虫対策の怪しい光だと知らずに。

僕が幸せならばそれで誰も文句も言わない。迷惑もさほどかけないから、それも呆れてものも言われない。

ただ「愉快に生きるひと」

その覚悟には当然の様に孤独が待っている。まるで悪魔と取引したかの様な感覚である。悪魔として究極の喜びを知ってしまった。が、しかし普通の人間には戻ることはできない。

教育に興味ある"怪しい悪魔"はその世界の端の端に存在しているくらいが丁度いいのかもしれない。卑屈になっているわけではない。至って冷静に自分自身を見つめ、鏡に映ることのない呪われた自分に微笑みかける。

夢の中でベッキーが出てきた。

結構親しげに話す僕。彼女もまた芸能界という世界で華々しく輝いていた立場から端っこの方に追いやられた。恐らく地獄の底を見てきたのだろう。ヒマワリの瞳は生気を失ってしまう。

それでも夢の中の彼女は美しく輝いていた。
どれだけ他人に罵られようとも「生きる道」を追い求めている。不倫やバッシング、それ以外の茨の道で傷ついてしまっても歯を食いしばって「生きる道」を追い求める姿が美しいのだ。

僕は騒動前のベッキーは好きじゃない。どちらかというと今のベッキーの危うさの方が魅力的である。そんな思いが夢にまで見させたのかもしれない。

悲しい悪魔はヒマワリの種を植える。
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