例えば、小学6年生の子供に
「他の子が解ける旅人算が、わからないのは悔しい」といわれたらどうします?
私なら、
「そんなのは、中学生になって方程式を習えば解けるようになるので、今わからなくてもよろしい。何も悔しがることはない。」
と言います。(あくまで仮定の話。うちの小学6年生は「旅人算がわからないのは悔しい」とか言いそうにないけど)
旅人算というのは、例えばこういうのです
問題
太郎君は午前8時に、毎分60mで歩いて家から学校へ向かった。寝坊した次郎君は午前8時15分に毎分150mの自転車で家を出発した。次郎君は、太郎君を途中で追い越し、太郎君よりも9分早く学校へ着いた。
次郎君が太郎君に追いついたのは何時何分か?
この問題は、中学・高校を卒業した大人なら、方程式を使えばいいので、何のことはありません。大体下記のように解きます。(説明のため式を冗長にしてあります)
家から追いつき地点までの距離を ym として、
追いついた時刻は(太郎君の出発した)8時より、x分 後 とします。
太郎君は60m/分 の速度 次郎君は、150m/分。 次郎君が出発したのは、太郎君より15分後なので 次郎君が出発してから太郎君に追いつくまでの時間は、x−15 分になります、
y=60x ……… 太郎君
y=150(x−15) ……… 次郎君
この2つの式をまとめて、
150(x-15)= 60x
150x-2250 = 60x
90x = 2250
x = 25
答えは、 8時より25分後なので、8時25分
追いつき地点は、y = 60 × 25 = 1500m なので、太郎君の家から1500mのところ。
方程式を使わない解法(中学受験で求められる解法)については、
Wikipedia の 旅人算 の項目を見てください。
鶴亀算とかもそうなんですけれど、方程式を使った解法を学んだ後、応用として、いろんな解法を学ぶのは面白そうだけれど、方程式を習っていない小学6年生に 旅人算の解法を覚えさせることは、どういう意義があることなんでしょうか?
「他の子が解ける旅人算が、わからないのは悔しい」といわれたらどうします?
私なら、
「そんなのは、中学生になって方程式を習えば解けるようになるので、今わからなくてもよろしい。何も悔しがることはない。」
と言います。(あくまで仮定の話。うちの小学6年生は「旅人算がわからないのは悔しい」とか言いそうにないけど)
旅人算というのは、例えばこういうのです
問題
太郎君は午前8時に、毎分60mで歩いて家から学校へ向かった。寝坊した次郎君は午前8時15分に毎分150mの自転車で家を出発した。次郎君は、太郎君を途中で追い越し、太郎君よりも9分早く学校へ着いた。
次郎君が太郎君に追いついたのは何時何分か?
この問題は、中学・高校を卒業した大人なら、方程式を使えばいいので、何のことはありません。大体下記のように解きます。(説明のため式を冗長にしてあります)
家から追いつき地点までの距離を ym として、
追いついた時刻は(太郎君の出発した)8時より、x分 後 とします。
太郎君は60m/分 の速度 次郎君は、150m/分。 次郎君が出発したのは、太郎君より15分後なので 次郎君が出発してから太郎君に追いつくまでの時間は、x−15 分になります、
y=60x ……… 太郎君
y=150(x−15) ……… 次郎君
この2つの式をまとめて、
150(x-15)= 60x
150x-2250 = 60x
90x = 2250
x = 25
答えは、 8時より25分後なので、8時25分
追いつき地点は、y = 60 × 25 = 1500m なので、太郎君の家から1500mのところ。
方程式を使わない解法(中学受験で求められる解法)については、
Wikipedia の 旅人算 の項目を見てください。
鶴亀算とかもそうなんですけれど、方程式を使った解法を学んだ後、応用として、いろんな解法を学ぶのは面白そうだけれど、方程式を習っていない小学6年生に 旅人算の解法を覚えさせることは、どういう意義があることなんでしょうか?











そもそも、「他の子が解ける旅人算が、わからないのは悔しい」と思うのは、素直な感情です。逆に、悔しさが無かったら、つらい中学受験を乗り越えることは不可能でしょう。それを、「そんなのは、中学生になって方程式を習えば解けるようになるので、今わからなくてもよろしい。何も悔しがることはない。」というのは、子供の勉強意欲を削ぐことになります。大体「今わからなくてもよろしい。」という言葉は、親の教育責任を放棄した、子供の知的好奇心の芽を摘む行為です。「今わかりたい。」から悔しがるのだし、人に解法を聞くのだと思います。
中学受験を経験したことの無い人にはわからないだろが、以上私の意見を述べさせていただきました。
「中学受験を経験したことの無い人にはわからないだろが」 全くその通りで、貴重な意見ありがとうございます。
私自身、田舎で育ち、今 別の田舎に住んでいますので中学受験の経験者がまわりにいないのです。
気になって、うちの小学生に「6年生で中学受験する人っている?」と聞いたら「知らない、みんな市立の中学に行くみたいよ」と言っていました。 田舎では、学力や経済力、「つらい中学受験を乗り越える」意思 以前の問題として、私立中や公立の一貫校に通うには毎日通学に保護者が車でどこかまで送らなければいけない事情があったりします。
> 「大体『今わからなくてもよろしい。』という言葉は、親の教育責任を放棄した、子供の知的好奇心の芽を摘む行為です。」
親の教育責任を放棄はいくらなんでも言いすぎでしょう。(あっ、気にしてはいませんから)
「問題がわからなくて悔しい」という知的好奇心が動機であれば、私は子供を応援しますし手助けをします。ただ、動機が「他の子が解ける」という他者との競争に主眼があるのなら、「悔しがることはない、それよりもあなたは本当に自分の知りたいことを見つけなさい」と言ってあげたいです。