ぽんのんの2

1本の花の中にも大自然。人の心の中にも大自然
人間は自然の掌の上で生かされている。不自然なことはやがて無理になってくる

北海道はいつまでも、キラキラと命育む自然豊かな大地であってほしい

ぽんのんの とはアイヌ語で、ちいさな(ぽん)花(のんの)です。以前のブログ名にもどしました  

寿の命~命はめでたいもの

2016年06月30日 | 社会
  
命は、めでたいもの、豊かなもの

嘆き悲しむために生きてんじゃない

     
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老人は雪の中に消えた・・・②~介護殺人

2016年06月30日 | 終末・人生
10年ほど前、私は自分に誓った

雪の朝に消えていった老人
この人は、まじめに一生懸命生きてきた果てに
なぜ、苦しみながら、痛い足を引きづりながら、
寒い雪の中へ歩いてゆかねばならなかったのか

私は深い憤りを感じた。
私は、決して冷たい雪の中に消えて行ったりしない
自分の家の暖かい布団の中で眠る
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
安楽死も、自死も、自殺ほう助も、認めるべきではないか

しかし、あれから10年過ぎても、介護殺人、介護心中の悲惨さは救われないまま・・・
普通に生きてきた人の、人生の終わりを「殺人者」にする無惨さ、
そこまで追い詰めたのはだれ?何?

また、人を拘束してはいけない
[抑制死」、これ以上無惨な死に方はないという
1時間でも自分が試してみるといい

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童話~まばゆい魔法の小箱ヌクレア

2016年06月29日 | 原発 戦争
 夢を叶えてくれる、まばゆく輝く魔法の小箱ヌクレア 

 娘は、毎日水を汲んで洗濯し、手は荒れていました。冬は手の切れそうなほど水は冷たく、台所のかまどに使う炊きつけを作るのも娘の仕事でした。積んである丸木を運んできてマサカリで細くする仕事は、楽しくもある仕事でしたが、畑でできた野菜を運んだり、畑の草を取ったり、あらゆる農作業は娘をくたくたに疲れさせました
 
 そんな時、娘はたいそう身なりのいい商人から「魔法の小箱ヌクレア」を勧められました。
「この箱は、どんなにエネルギーを使っても減らず、家の中も煤で汚れたりしない魔法のエネルギーの箱ですよ。この箱さえあれば、あなたは一生エネルギーに不自由することなく、ぜいたくに暮らせますよ」。娘は、そのまばゆい輝きに目を奪われ、その後に続く言葉を深く考えていませんでした。

 商人は続けていいました。「ただね、このヌクレアはウンコをするのです。とてもおそろしいももので、人間も地球も滅ぼすかもしれません。ヌクレアの出したウンコはけっして自然に還ることなく、増え続けます。でも、ご安心ください。ヌクレアのウンコは、人間には、まったくわからないようにしてありますから。まったく見えないし、匂わないし、感じないし、完璧です。一応ウンコを測る機械はあるようですが、機械なんて使う人間の気持ちひとつ、なんとでもなりますよ

ご飯を炊くのも、洗濯をするのも電気、農作業も電気、便利な機械も電気、娘の暮しはみるみる楽になってゆき、高層ビル、リニアモーターカー 24時間眠らない都市も電気のお蔭でできました。いつの間にやら、人間は「自然の手のひら」から「電気の手のひら」で生かされていました。

 商人は訊きました 「それで電気は、どれだけあれば間に合うんだい?」
 娘は不吉を感じ「もう、いい・・」というと、娘の後ろに隠れていた父親が出てきて「もっとじゃ!もっとじゃ!ヌクレアがないと、戦いに負けてしまうのじゃ!」と鬼のような顔で喚きました。

 今、ヌクレアは地球を破壊する力をもって、その恐ろしいウンコは溢れ出ているのに、それでも、人間の欲はヌクレアを求め続けています。

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「泊廃炉議案を否決」!原発は大地を滅ぼすのを見てきたのに・・・

2016年06月28日 | 原発 戦争
「廃炉議案を否決 北電株主総会、再稼働時期示さず」のニュースに愕然。

この小さな瑞穂の国、火山列島の国に、原発54基をつくって、
日本の未来を奪おうとしているのは、日本人自身なのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

[満天の星の下」より

人生たかが70年 未来に対し恥ずべき事をしないと思う

 電気は便利だ 便利にはいつも危険という裏がある 自然は困難だ しかし様々な幸福を秘めている 原子力は21世紀において持つとも便利なものであると同時に最も自然のルールを崩壊させるものである  

科学は有限で自然は無限だ 人間は自然の掌の上で生かされているに過ぎない 

原子力の生み出す放射能は無限に恐ろしいが 
それよりも恐ろしいのは良心の衰退、未来をたいせつに思う気持ちの喪失である

             
    
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銃社会アメリカと、銃のない日本社会

2016年06月27日 | 社会
銃に守られているアメリカ社会と、
銃を持たない日本社会と
どちらが安心だろう

軍備の充実が、安心と平和を守るだろうか

食べ物を、住む場所を、
分かり合うことを、支え合うことを
それが武器より平和を守る


       
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ニュースに映らない、難民たちは今をどう生きているのだろう

2016年06月26日 | 社会
シリアの人々は、どう暮らしているのだろう
宮田純平さんは今どうしているだろう

飢えと命の危険に晒されて暮らして・・・
あるいは無惨に殺されたりしてるのだろうか

そういう人たちと
贅沢三昧、金持ち三昧の人々
たった一つのこの小さな星の上で

自分たちが食べれる分だけでいいじゃない
どうして、そんなに欲張りなの?
この地球はみんなのものなんだよ

そして、やがて誰もが逝くあの世は
どんなところだろうね

                   
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動画「ただいま・おかえりの歌」

2016年06月24日 | ひと休み
毎日いろんなことが起きる

だいま・おかえり
今日もそう言えるしあわせ

それが、何よりもしあわせ

https://www.youtube.com/watch?v=lAHhEAbW67gただいま
         



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なぜ、[踏み絵」を踏まなかったのだろう

2016年06月20日 | 終末自選
[踏み絵」を踏めば助かる命。
[踏み絵は踏みなさい、命のほうが大事。まして、そんなかわいい坊やがいるのに・・・神様は何よりも命を慈しんでおられるのだから」と、なぜ、考えなかったのだろう

              
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老いることも病気になることも、耐えられるけれど・・・

2016年06月20日 | 終末・人生
私の考えは間違っている、もっと違う考え方があるかもしれない
今一番求めているのは、それかもしれない
私は私と違う考えを知りたい

私は老いることも病気になることも、耐えられるけれど 
精神の自由と自立を大きく制限されたら、私は耐えられないだろう

           

             
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詩 「甃(いし)のうえ」 三好達治

2016年06月20日 | その他 いろいろ
あわれ花びらながれ
おみなごに花びらながれ
おみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
おりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほい
廂々(ひさしひさし)に風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうえ

      

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社会保障制度~自死する権利と、自死できる場所を。

2016年06月19日 | 終末・人生
社会保障制度が国民のために在るのではなく
製薬会社の為なんだろうな・・・と思う時がある

薬代の莫大な事と言ったら・・・異常だよ(自己負担は少ないが)
政治家も知らないんだろうね

問題は様々あるのは承知で
死にたい老人のための、
「自死する権利」と「自死できる施設」をつくってほしい
パーキンソン病10年目、これから先私はどうなるのだろう
自分がどう死ぬかを、自分以外の誰が決めるというのだろう
誰が、どんな、資格、権利を持って、私に生きよというのか

人に手伝ってもらっては、大事な人を犯罪者にしてしまう
ここに警察は要らないのだが(犯罪は見分けねばならないが)
私は、小細工せずに悠々堂々と自死を希望する
みんなは。そんな事、考えてないのだろうか

ハイリスクなテーマだから、みんな逃げ腰、たよりないなあ・・・

<追伸>
「誰も死んでいない家」なら使いたい人もいるだろう
空き家の資産価値が守られ、循環が良くなるかも・・・

       

        
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安田純平さんの記事へ、コメントありがとうございます

2016年06月18日 | 社会
<田舎老人にて、コメントに気づくのが遅くなり、もうしわけありません>

<6月9日>ニューズウィークでもジャーナリストらがヌスラは人質を殺したことがないだの安田純平は日本政府に助けられことを望んでいないとしてジャーナリストらのなかでも助けをもとめるべきでない声があると自信満々に嘯いてるだから放置でいいでしょう

<私の反論>
今一つ、あなたの文面が理解できません。
命は全力で大事にしてほしい。殺人者ではないのだから
建前やご挨拶でなく、ニューズウイークや他の人がどういうかでなく
あなた自身は、どう思っているのでしょう

ジャーナリストの使命に立ち向かっている人を
上目線で、その命を見捨てるのでしょうか。

            



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死にたい人に、生きろと強制するのは最悪の虐待かもしれない

2016年06月17日 | 終末自選
パーキンソン10年目、しかも低年金
それでも、やりたい事やり、言いたいこと言って、心残りもあんまりない
自分の心が歩いてゆける所まで、と思い定めての人生
そして私はこれ以上は、歩いていけない
楽に確実に死にたいだけです

生きることに敗北したというのではなく
死ねないから生きているといううのでのではなく
自分の思う死に方が自分の人生の一番の闘い

私の死に方は
楽に、確実に エレガントに
明るく、呑気に、深く眠る事

社会で一番悲惨なのは、死にぞこなった人と言います
血を見たり、水に飛び込んだり、首をつったり、が確実なのですが、
私は悲惨な事は絶対したくないのです
心豊かに逝きたいのです

   
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私の望む逝き方ができたら、私はどれだけ幸せだろう

2016年06月16日 | 終末・人生
自分の心が歩いてゆける所まで・・・その後は深く眠るまで・・・
それを社会は、なぜ許さないのだろう

水が去ると書いて[法」という
社会の法と、自然の法、があり

私の考えは「自然の法」に叶っており
私の思う死に方は[自然死]だと思うのだが

自分が、ここまででいいよ、と言ってるときに
誰が、どういう資格の下に、
「死んではいけません」というのだろうか

「還暦一回り」というけれど
還暦過ぎたら
「さて、どちらへ行かう風が吹く](山頭火)
で、いいじゃない

                          


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私の望む逝き方~私の終末宣言書2

2016年06月13日 | 終末自選
 俳人、山頭火は、何もかも捨て去った人生でしたが 、それでも望んだ事が2つありました 。「自分の句を作る」事と、「ころり往生」です
   
 おちついて死ねそうな草萌ゆる
 
 私のモットーは、「自分の心が歩いてゆける所まで」、「最後まで自由に自立して、明るくのんきにお引っ越しする」です
 この世の生き物は、みんな自然の手のひらの上で生かされている。動物は、自分の足で歩けなくなったとき、食べられなくなった時、土に還ってゆく。人間もまた動物である以上、それでいいのではないのか。家族の役割も、社会への役割も終わったら、がんばって生きることから解放されていいではないか。

 遠い日、雪の日の朝に消えていった老人がいた
辛い病気を抱え、本人も家族も限界だった
この人は、まじめに一生懸命生きてきた果てに
なぜ、苦しみながら、痛い足を引きづりながら、
寒い雪の中へ歩いてゆかねばならなかったろう

私は深い憤りを感じた
私は、決して冷たい雪の中に消えて行ったりしない
自分の家の暖かい布団の中で眠る

 老いて路頭に迷う命の多さ、高齢者虐待、介護心中、介護殺人、一生懸命生きてきた人生の終わりの地獄の日々、家族が犯罪者、殺人者となってしまう無残さを、嘆き悲しむだけ・・

その時「大丈夫」と、だれかが言ってやれないものか
「いいのよ、ゆっくりねむりなさい」って・・・

 介護心中・・・そこまで追いつめられられずとも「自死という選択」があって良いのではないか、コソコソせずに、引け目を感じず堂々と、その人が自死という選択をしても受け入れられるよう、社会的合意を形成していってほしい

 生きていたくても,生きてゆけない命と、死にたくても死ねない命,どちらも無惨だろう。
一度安楽死を認めたら、転げるように強制的な死へとつながる、という危惧は心しておかねばならないし、犯罪に繋がる恐れはいつもある。しかし、安心して人生を終えてゆくことはなにより大事なこと。

 また世界の戦争や難民を思えば、なぜ彼らの命は軽んぜられ、私のような病気の年寄りの、死にたい命は生かされなければならないのか、命の尊さとは 一体何なのだろうと考えてしまう。

 自分の心が歩いてゆける所まで・・メリーポピンズのように、ある日、北風が吹いたら、ふわりと風に乗って飛んでゆきたい。いつ死ぬと悲壮な覚悟を決めて、決行するというでなく・・  ここまで生きてきたら十分な私です。もう頑張って生きるのも、がんばって死ぬのもまっぴらです 。

 生き物は排泄します。その時、確実に死ねなければ、汚物にまみれて、死に損なってしまうかもしれない、また、「死に損なった人を発見した周囲」は、どう対応したらいいのでしょう

 人が死んでいい場所もなかなかないもので、「看取りの施設」もあったらいいですね。 
命は、生きる方向だけ向いていて良いわけがない。
命の尊厳は、安心して穏やかに終末を過ごして、その人の望むように逝けることが大切なのだとおもいます。

日比 せめて死ぬことぐらい、自分らしく自分の選択で自由に時期や手段を選びたい。生命う。尊重、人権尊重というものは他人に対してのもので、自分自身の事は自分で決するのが当然の権利だ


私は人の手を借りず一人で逝く
人として、誰かを死なせることは、どんな理由があっても負担だと思うし
まして、命を救うべき医療者に、死の手助けをさせるのは、苦しみであり、冒涜と思われるかもしれない

日比・・今、求められているのは、自死したいときに、、こんな面倒なことから解放されて簡単、確実、安楽に実行できる方法の公開である。尊厳死とか安楽死とか言う前に、まず、自死の権利がみとめられて、その後にその特殊な形としての、尊厳死や安楽死の問題が発生するのが自然だ


私はパーキンソン9年目、今はなんとか一人で自由に暮らしています。でもそろそろ重たくなってきました。。自分のオムツを誰にも替えてもらいたくないし、やりたいことが何もできなくなっても生きて行く時間は私には恐怖でしかありません 

 私はそろそろ深く眠りたいと思う時があります。眠剤を多めに飲んでゆっくり眠りつづけようと思っています。私の弱点はパーキンソン病特有の「なかなか醒めないリアルな生夢」が恐怖です。どうぞゆっくり深く、眠らせてください。
 それがわたしの望む逝き方です。よろしくおねがいします。


 

(参照)
「日比逸郎氏~自死を認める権利確立を」~(小冊子)エーザイ・クリニシアンより
.以下、抜粋。

・・・・死にたいという願望を満たすまでには、案外、厄介なことに思いわずらわされるものである。
 人間、誰でも生まれたいという明確な意思をもって生まれてきた訳でない。男と女の間に合意があったかどうか、また愛に彩られてか即物的な状況のもとでかも関係なく、異性間の交渉の結果として、自分の意志とは無関係に、この世に放り出されたのである
 
せめて死ぬことぐらい、自分らしく自分の選択で自由に時期や手段を選びたい。生命尊重、人権尊重というものは他人に対してのもので、自分自身の事は自分で決するのが当然の権利だ。
 病死、事故死という自己の意志の反映しない死は厳粛で、
 自己の意志による死の選択は自殺として特別視されるのも理解しがたい
 「自殺」という言葉からして不愉快だ。
 自分自身の意志で死を選択するのだから、「自死」と呼ぶべきであろう・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 問題は死に損なって、・・・いやな可能性を最小限にできないかというところにある。

・・・・・幸い医学は、人を助ける技術を開発する過程で、副産物として人からいかに楽に、確実に命を奪うかという方法論も開発してきたが、
 この技術は他殺に利用されるという懸念から、一般に公開されていない。

・・・今、求められているのは、自死したいときに、、こんな面倒なことから解放されて簡単、確実、安楽に実行できる方法の公開である。尊厳死とか安楽死とか言う前に、まず、自死の権利がみとめられて、その後にその特殊な形としての、尊厳死や安楽死の問題が発生するのが自然だ。

 私は既に述べたが、もうすぐ老人で、人間が死んでくれないとこの世は困るという、誰もが承知しながら口に出したがらないこの世の定めに対面しているだけである。・・・・・,

                
・・・・
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