ぽんのんの2

1本の花の中にも大自然。人の心の中にも大自然
人間は自然の掌の上で生かされている。不自然なことはやがて無理になってくる

北海道はいつまでも、キラキラと命育む自然豊かな大地であってほしい

ぽんのんの とはアイヌ語で、ちいさな(ぽん)花(のんの)です。以前のブログ名にもどしました  

この地球に必要なのは、太陽、空気、水、緑、大地、そして、コミニケーションと未来

2015年09月25日 | メッセージ
この地球に武器はいらない、武器を持つのは国連軍だけ
この地球に必要なのは、太陽、空気、水、緑、大地、そして、コミニケーションと未来。
あらゆる意味で、自然を畏れ敬うこころを
          
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これからの時代、必要な事業は、地球(国土)回復事業、家族計画事業

2015年09月24日 | 社会
 まいにち
食べることが出来て、
安心して眠れる場所があったら
それだけで、いいのではないか?

 お金は大事だよ
でも、人さまを殺してまで、お金を欲しがるのは、あさましい

 軍需産業は空極「人殺し産業」、日本の企業はどれだけ軍需産業なのだろうか。自分は殺さないで、人に殺させる武器を作る会社。そこの社員、協力者も間接的殺人者

経済は、需要があって、ニーズがあって、消費されて、利益を得る。
今世界は「人殺し」が一番の産業、
大学という希望の場所にさえ・・・
             
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満天の星の下

2015年09月24日 | メッセージ
満天の星の下
 満天の星の下、野に満つ虫の声、その天と地の境にひとり佇めば、私もまた、自然の創造主の下では、虫達と同じ重さのひとつの命 夜露に濡れる草原と虫の音と星空と、慈しみ合う安らぎと生命に満ちた美しい地球 でもふと思う、自然の創造主は私の命をも慈しんでられるかと、人類を憎んでおられるのではないかと 

 地球誕生より、45億年、生命発生より5億年、現生人類出現より3万年、もし、人間さえ出現しなければ、この地球はまだまだ水清く緑豊かな星であつたろう

 人間は知恵はあるけれど賢くないから、今、地球を何百回も破壊させる核爆弾を持つに至った 滑稽ともいえる人間の所業、「貧困を救えない状況の一方で、さらに人類は軍事化を進めている」(西川潤)

 昨年9月、2歳の息子を荷台に乗せて、26キロのサイクリングに出かけた 

 青い空、のどかな田園風景、心地よい風、そして、その風の中に農薬の匂い、ああ、私の子供達はこんな中で生きて行かねばならないのかと思うと暗澹たる気持ちになった。太陽、空気、水、緑、大地、みんな病んでいるから、私の小さな息子も毎日喘息に苦しむのか、幼子はいつだって自然の一部なのだから

 フロンガスによる成層圏破壊、農薬の空中散布やスモッグ、河川や海の汚染、開発という名の自然破壊、アフリカの砂漠化、農薬や有毒有害の廃棄物に苦しむ大地、ああ、太陽、空気、水、緑、大地、命を育むべき自然が、今は幼子の健康を損ねようとしている。そして、さらに大きな不安と危険が放射能である。無色無臭の恐怖が永遠に人類を脅かし続ける。

 戦争中 マスコミは戦争の真実を伝え得ることができず、痛恨のおもいを抱いたという あれから40年を過ぎて 今 原子力問題 どこまでその真実を報道しているといえるだろうか 私が原子力問題でもっとも衝撃を受けた「風下住人」について どれほどの情報をマスコミは流しただろう

 私は長生きなど望まないが 娘が子を産み育てるまで生きていなければ可哀そうかなと思ったりする でも このごろ思う 私は娘に「子供は産まないほうがいい」と忠告するのではと 女性は当然のように子を産み育ててきたが、原発を前にしてなお 子を産み続けるだろうか もしかしたら私は孫を抱けない世代なのかも知れない

人生たかが70年 未来に対し恥ずべき事をしないと思う

 電気は便利だ 便利にはいつも危険という裏がある 自然は困難だ しかし様々な幸福を秘めている 原子力は21世紀において持つとも便利なものであると同時に最も自然のルールを崩壊させるものである  

科学は有限で自然は無限だ 人間は自然の掌の上で生かされているに過ぎない 

原子力の生み出す放射能は無限に恐ろしいが それよりも恐ろしいのは良心の衰退 未来をたいせつに思う気持ちの喪失であ


    
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「コミュニケーション」と「タイミング」。屈服は暴力。

2015年09月11日 | 社会
世の中で大事なものは「コミュニケーション」と「タイミング」・・と聞いたような
けっして「屈服」ではない

<再掲>
納得~自分がそう思う事。了解すること、
説得~上から、押し付ける事。拒否することは可能だが・・・
屈服~「さまざまな暴力」により拒否できない。悔しさ(屈辱感)、怒りが残る

暴力とは~腕力で屈服させる、権力で屈服させる、お金で屈服させる。
   戦争は空極の暴力


人の弱みに付け込むのを、卑怯という

            



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人の命を守る自衛隊なのだと、映像を見て感動。戦地に送ってはならぬ

2015年09月11日 | メッセージ
日本はどうなってんの
この水害はどれだけの規模なの
大変だとわかっても、わからない
トップの見解指示があっていいはず

それにしても、自衛隊員のやさしさ
ああ、人を守るためにいるんだなと

ありがとう自衛隊
戦場には行かせないよ

私、挫けてるけどがんばる

   



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9月9日 菊の節句、または重陽の節句

2015年09月09日 | その他 いろいろ
9月9日は重陽の節句、菊の節句。「陽」は「9」を表す漢字。
重陽の節句の朝、菊に付いた朝露を綿にとって身体に塗ると、若返るというおまじないがあったそうです。

 菊の花若ゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代はゆずらむ
                             紫式部

山中御殿より、『菊花の約』のあらすじを。
http://blogs.yahoo.co.jp/nigiribotoke2000/6604705.html山中御殿より

 播磨の国に、丈部左門という博士がいました。彼は清廉勤勉な人物で、母と二人で暮らしていました。
 ある日、左門が知人の家を訪ねたところ、その家にたまたま一夜の宿を求めて逗留していた武士が、病で苦しんでいました。左門はこれをみて武士の病の治療に手を尽くし、その甲斐あって武士は徐々に元気になります。武士は感謝して、身の上を語りはじめました。

 武士いわく、
「自分は出雲の塩冶掃部介の家中で赤穴宗右衞門というものである。掃部介の命によって近江の佐々木氏綱に書状を届けることになったのだが、その間に先の城主・尼子経久が富田城を乗っ取ってしまい、掃部介も討死してしまった。塩冶は佐々木の守護代だったので、氏綱に掃部介の仇を討つよう願ったのだが、氏綱は動かない。しかたなく、ひとり出雲に帰ろうとしたところ、病にかかったのだ」と。

 素性を明かした赤穴は、左門のすすめで病が完治するまで左門の家に逗留することになりました。赤穴と左門はお互いに語りあい、互いの才能・人物を認め合って兄弟の契りを結びます。赤穴が年長だったので兄、左門が弟となりました。

 やがて赤穴の病が癒えると、赤穴は「故国・出雲の動静をみなければ」と、出雲に帰ると言い出します。左門とその母は悲しみますが、赤穴は「重陽の佳節(9月9日)には帰ってくる」と言い残し、旅立ちます。

 そして月日は流れ、季節は秋になり、重陽の佳節の日になりました。この日、左門は朝から酒肴を整え、菊の花を飾って赤穴の帰りを待ちました。母は、「赤穴がいくら旅慣れているとはいえ、出雲は遠国。今日この日に帰るとは限らない。準備は赤穴が帰ってからでよいではないか」といいますが、左門は「それでは義兄の言葉を疑ったことになる」ととりあいません。しかし、赤穴が帰ってくる気配はなく、やがて夜になってしまいます。それでも左門は門前で赤穴を待ち続けました。

 深夜になって、遠くから飛ぶように走ってくる人物があります。赤穴でした。左門は喜んで赤穴を家に招じ入れ、さっそく酒と食事を勧めますが、赤穴はそれには手をつけず、こんなにも遅くなった理由について語りだしました。

「出雲に帰ると、国内のほとんどの者が塩冶の恩を忘れて尼子経久に仕えていた。従兄弟の赤穴丹治も例外でなく、丹治が自分に経久への仕官をすすめるので会ってみた。経久は智勇に優れた人物だったが狐疑の心が多く、とても自分の仕えるべき人物ではないとみえたので、仕官を断り去ろうとしたが、経久は丹治に命じて自分を捕らえ、富田城の一室に閉じ込めてしまったのだ。私は何とか脱出を試みたが果たせず、今日に至った。『魂は日に千里を行く』という。幸い刀は取り上げられていなかったので、私はその言葉にかけたのだ」
 語り終わると、赤穴の姿は消えてしまいます。

 赤穴の自害を知った左門は、翌朝出雲へと旅立ちます。出雲に着いた左門は丹治を訪ねると、赤穴への仕打ちを責め、丹治を一刀のもとに切り捨てて遁走しました。
 尼子家中の者はこれを聞いて騒ぎ立てましたが、経久はあえて追っ手を差し向けませんでした。左門と赤穴の兄弟信義の篤さを知って、感じ入るものがあったのでしょう。本文では、「あゝ輕薄の人と交はりは結ぶべからずとなん」と結んでいます

       

        
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子供、泣かしちゃなんね。子供に罪作っちゃなんね

2015年09月02日 | 終末・人生
人生たかが70年、何をそんなに欲張ってるやら、どんなに財産があってもあの世には何一つもってはゆけないのに。
「子供、泣かしちゃなんね。子供に罪作っちゃなんね」と、おばばが言っていた。その言葉に尽きるような・・
          
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