ぽんのんの2

1本の花の中にも大自然。人の心の中にも大自然
人間は自然の掌の上で生かされている。不自然なことはやがて無理になってくる

祖父の逝き方(2017年、手直しす)

2016年02月09日 | 自選
 祖父は若い時は気性の荒かった所もあったが、歩くのが不便になり母の介護を受けるようになってからは、きわめて淡々と穏やかに暮らしていた。
 南と西に窓のある部屋で行き交う人を眺め夕陽を眺め、テレビを「孫の手」で消したり付けたりし、タバコ盆を離さず、キセルで「刻みタバコ」を楽しみ、まるで「自分の巣」のような部屋で生活した。母は農作業の傍ら、毎日、ポータブルトイレをかたづけ、食事を運び、体を拭いたり洗ったりし、便が出づらい時は素手で便をほじくり出した。

 やがて容態が悪化して入院したが、あの穏やかな祖父が豹変し、看護師さんと大喧嘩して「病院を追い出される」事となった。「爺さん、気が狂ったか!。家に連れて帰って大丈夫か」と、皆うろたえたが、「自分の巣」のような部屋に戻ると、以前とまったく変わらない穏やかな暮らしをした。キセルに刻みタバコを詰めて、ぷかーぷかーっと煙をふかし、窓から人の行き交う様を見ていた。つまり「看護師さんと大喧嘩」は自宅に戻るための祖父の大作戦だったようだ

 やがて容態が悪化し医師が入院を勧めても頑として拒否し、集まった子供一同を見て、「どうした?」と訊いて、うろたえている子供たちを見て「・・そうか・・」とだけ言った。夕食に大好きなカジカの味噌汁をすこし食べ、その後何か食べたいか訊くと、「アイスクリーム」と答え、「もう食べられないだろうけれど・・」と言いつつ、町まで買いに行って食べさせたところ、驚いた事に1個全部食べ、いつものように、夜9時TVを消して眠り、明け方、娘たちが握っていた手から脈が消えていった。

 祖父はひどい喘息持ちだったが,痰ひとつ絡まない穏やかで見事な大往生で葬儀は明るかった。 誰もがうらやむ大往生、それは祖父の明確な意思と、母の介護があってのことだと思う

             
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