Duke's Blog

〜海と・・そのスピリットと〜

ひと休み・・・

2010-06-23 | 雑談
前回の変なタイトルのブログから全く更新していないにも関わらず、毎日沢山の人達がアクセスしている。
このブログ・・・閉鎖しようかな〜とも考えてるんだけどね。ほとんど毎日海とカヌーに関わる生活だから、それはこっちのOceanアウトリガーカヌークラブのブログをみてもらえばいいだろうし、子供達みたいに外出のたびに写真を撮ったりもしないしね・・・めんどくさがり屋のオヤジには、ブログ更新はプレッシャーです。

ということで、今日も雨・・・梅雨だから仕方ないけど、風もほぼ毎日吹いていて、海も荒れている。沖で海が荒れるぶんには、問題ないけども、波打ち際のショアーブレイクがきついから、僕の住む茅ケ崎の浜からはカヌーが出せない。
コンクリートで固められたご近所さんからは不評だけど・・・雑草も土も、落ち葉も、朽ちたデッキも僕のお気に・・・。

散歩にいけないKuuipo と海に出れないOC-1 が3艇、雨に濡れて寂しそうにたたずんでいます。 
こんな日も緑があると癒されるね。
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ずりむけ赤OOO

2010-05-25 | アウトリガーカヌー
最近6人乗りカヌーを漕ぎ過ぎてケツが痛い。お尻の肉があまり無いので皮がハゲて痛いのだ。
椅子にも痛くて座れない。大好きなチャリにも乗れないくらい痛いのだ。
今週末30時間ほどOC-1カヌーを漕ごうというのに・・・どうしよう。ケツが痛くて途中リタイアしたら話しにならないな〜
・・・という事で、いよいよ今週末にかけて、自然とのリズムが合えば八丈島から江ノ島まで漕ぐ予定です。
体育座りの格好でカヌーに座りっぱなしです。
応援ヨロシクお願いします。
 
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漕ぎの文化

2010-04-21 | アウトリガーカヌー
久しぶりに長崎に行ってきた。僕の生まれ故郷だ。

写真は長崎駅前に堂々とした姿で立っている銅像だ。そう、裸のパドラーです。
こんな裸のパドラーがその街の玄関口に建っているのは、僕が知っている限りHonolulu空港のロビーか長崎駅前くらいじゃないかな〜と我ながら誇りに思っている。
2007年にHokule'aが長崎に寄港したときに、偶然気づきポスターにも使わせてもらった。『ペーロンの覇者』という題名がついているけど、ペーロンとは長崎港の夏の風物詩、海の祭り。ドラゴンボートの原形といわれ、中国から伝わった舟だ。最初に長崎港で行われたペーロン競争は1655年という記録が残っているくらい、古くから長崎に根付いている。
長崎は全ての漁師町にペーロンチームがあり、毎年夏に競争し合ってきた。今では海辺の開発が進み漁業が衰退し漁師町がどんどんなくなりつつあるが、その代わりに町内会や地元企業がペーロンチームを結成して、近年また盛り上がりはじめている。舟大工の技術は継承され、漕ぎの文化は脈々と長崎に息づいているのだ。

そう・・・昨年の12月末、寒い不知火海、熊本県水俣市の海にハワイのアウトリガーカヌーが進水された。地元高校のカヌー部のOB達が結成する水俣カヌー協会が市の助成金を使い購入したのだ。個人競技のカヌーだけでなく、海と漕ぎを通して仲間同士の絆と、全てが一つになることの大切さ、そして日本のどの地域にもあったであろうアロハスピリットを知るのに、アウトリガーカヌーが最適だと考え、山下拓儀という青年が中心になり、アウトリガーカヌーを不知火海に浮かべる偉業を成し遂げた。この地はドラゴンボートも盛んで、これからますます漕ぎの文化が継承されていくのだろう。

また長崎の話しに戻るけど、今、野母崎(のもざき)という長崎市の南の半島の先っぽの街で、これまた凄いことがおこっている。
ハワイからカヌービルダー(ハワイの舟大工)を招いて、セーリングカヌー(帆と手漕ぎの両方で海を渡るカヌー)を建造し、その技術を地元の造船所や建材所の若者達に伝授しているのだ。この野母崎という町はHokule'aも予定を変更してまで寄港した、昔ながらの日本らしい漁村が残る港で、Hokule'aとそのクルー達との出会いが、この小さな過疎の漁村の人達の心を動かしたんだと思う。
ハワイのカヌー文化は日本にも継承され、漕ぎの文化は融合していくんだろう・・・。

このハワイアンカヌー製造の模様は、これからもこのブログで伝えていきたいと思います。
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星にねがいを

2010-03-17 | 雑談
懐かしい曲とか聴きたくて。。。You-tubeで、曲を検索したりしませんか?
他の曲を捜していて、偶然、ギフトのようにすばらしい曲と歌詞に出会ったので、今日は皆とシェアしたいです。

誰もがよく知ってる曲だけど、ビリージョエルの声がしぶくて、Keiさんの日本語訳も素晴しい。

こんな想いを忘れずに、人生を送っている大人がどれだけいるだろう。。。
生まれた時はそう想っていても、いつのまにか色んなことに打ちのめされて、かき消されてしまうのかな〜

あなたに子供がいるなら、この歌を子供達に聴かせてほしい。。。
この歌のほんとうの意味を伝えてほしい。。。
幼い子には子守唄として歌ってあげるのがいいかも。きっと幸福な人生を送れると思うよ。

もちろん、今からでも遅くない。。。大人達もこの曲の意味を信じて心に強く願って欲しいね。

へこたれた時は、この歌を口づさんでみるのもいいかも。

きっと、平和で幸福な未来を実現できると信じて。。。

Makes no different who you are.
Anything your heart desires will come to you.
君がどんな人かなんて関係ない。。。心から願うことは叶うんだ。
Like a bolt out of the blue. Fate steps in and see you through.
運命はある日突然やってきて、最後までみていてくれるから。。。







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ラッキーボーイ第二号

2010-03-09 | ハワイ
今日も一日中つめた〜い雨と霰が降っている・・・・。昨日も曇り、何か一週間以上、太陽を見てないな〜て気分で。落ち込んでしまう。
前回紹介した長男Kennyのブログを観てて・・・・真っ青な海と空、楽しく激しく、風に押されながら、漕いでるイメージが湧いてくる。
一日2回も更新されるブログを読んでると、癒されるのを通り越して、悔しくなってきた。
くそ!!本当にあいつはラッキーなやつだ!羨ましいよ!!ハワイへ出発前日、テレビの週間天気予報を観てて、『パパ僕がハワイに行ってる最初の週、こっちはズット雨みたいだよ!よかったね・・・』と言われたのを思い出す。

そして、昨日またまたTeam Kokuaのメンバーであり、息子のような存在のAlexがハワイに旅立っていった。彼はとりあえず帰国ということになっているけども、またすぐ日本に戻ってくるでしょう。
またハワイ組が増えたわけで、取り残された俺とSeiyaは、あまりにも悔しいから、寒空の中、上半身裸で漕ぎ、江ノ島をMakapuu pointと呼び、烏帽子岩をRabbit Islandと名付け・・・・ながら自称Hawai Kai Runのトレーニングをチョー冷たい北風に逆らいながら、トレーニングをした。
ハワイに行ったらまずは日焼けを・・・と言っていたラッキボーイ第二号のAlex のブログを読んで・・・もうこうなったら、皆で羨ましがるしかないでしょう。
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ラッキーボーイ

2010-03-05 | アウトリガーカヌー
今年になって、ブログを毎週更新するぞ。。。といいながら全然実行できないな〜
軽い乗りで、書くことができないのは年齢のせいかな〜。。。

ということで、今日は今ノリノリの若者のブログを紹介します。

2日ほど前からハワイに旅立った長男の kennyのブログです。

ウインターオリンピックに感動し、興奮をそのままに、燃えて旅立っていった、本当にラッキーなヤツです。毎日数回、写真も交えて楽しいハワイライフを紹介してくれています。これこそブログの見本だね。

パドリングに興味がある人は勿論、そうでない人も楽しく読め、ハワイの風と青い海と空を感じることができますよ。

くどいオヤジのブログに飽きた人にはスゴーク新鮮で、元気をもらえるのは確実です。

今回は3週間のハワイライフだから、僕のブログの代わりに毎日更新される彼のブログをみて楽しんでください。

With CHOKE aloha and love

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シンクロニシティー続編

2010-02-17 | OceanLegendについて
結局、昨年の八丈島から江ノ島までの海峡横断は断念して茅ヶ崎に戻ってきた。その足ですぐにネルソンさんの小屋を訪ねて再会。

恐る恐る・・・こないだのカヌーの話覚えていますか?と尋ねたところ、『あたり前じゃないか、もうあの日から、アウトリガーカヌーやHalau の事で頭が一杯だよ』との嬉しい返事が返ってきた。
そしてナント・・・『Ocean Legend のプロジェクトを僕のNPOでサポートしたい。この小屋を事務局として使って欲しい』とまで言ってくれたのだった。 
その時始めて僕は知ったのだけど、彼はNPO法人【海の歴史と文化を明日へ】という特定非営利活動を3年ほど前からやっていて、全く活動できないでいるとの事だった。あまりにもOcean Legend そのものの名前で僕はビックリした。

それから今日まで、全てが何か宇宙の法則に合わせて時間が経つようで・・・。
過去を振り返ってみると、海と純粋な気持ちでスピリットでつながりたいと思うようになってから、アウトリガーカヌーの歴史と文化に興味を持ち始め、Hokule'aとの出合い、沖縄のサバニ、カマクラ号・・・たくさんの人々との出合い・・・そして志し。

タイミング、場所、人、文化、歴史、自然、宇宙、そんな全てがつながっていて、何一つ偶然は無いという事、全ての出合いに意味があり、自分はこの世界に生かされているという事・・・それを感じないではいられない毎日を過ごしている。これは別に僕が特別なわけでなく、だれにでも平等に、大切で特別な出合いや何かのタイミングが毎日起こっているわけで、自分の心に耳を傾け、それに気付く心の平静さと時間の余裕があるか・・・ということなんだと思う。
目まぐるしく進歩し発展する社会や世間に追われているから、そんなささやかな、それでいて人生を左右するほど大切な宇宙からのサインに気づく時間さえも与えてもらえないのだとおもう。

自然のエネルギーに満ち溢れた場所に自分の身を委ねて、瞑想するのもいいかも知れない。

自分は何者なのか・・・何のためにこの世に生を授けられたのか・・・。

自分のなすべき事は何なのか・・・。

考えないで、自分の心に目を向けてみるといいだろう。

そこには既に答えがあるはずだから・・・。
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シンクロニシティー続編

2010-02-12 | OceanLegendについて
ソレイユウの丘がある荒崎をこえた時はもう既に伊豆半島に夕陽が沈んでいた。
初めての浜で、どこに上陸すればいいのだろうか・・・と漕ぎながら海か海岸を見渡していると、もうすでに薄暗くなってしまった浜辺から車のヘッドライトと思われる灯りがチカチカと光っている。その灯りに導かれて砂浜に上陸すると、目の前に大きな漁師小屋風の建物が2棟建っている。漁師小屋・・・と思ったのは砂浜の上に建っているということと、波うつトタンの外壁が目に入ったから、第一印象は漁師小屋と思ったのだった。



でもよくよく見てみると、普通の漁師小屋とは随分違う。何だか洒落たチェアーやソファーが小屋の外のデッキに無造作に置かれているし、バーカウンターまである。


小屋の中に入ると暖かな木の温もりが部屋全体を覆っている。目をみはる多数の重厚な舶来の船具の品々、遠い昔の海賊の戦利品ミュージアムのようだ。


薄暗くなった海から上半身裸でカヌーで上陸してきた不審者そのものの僕をニコニコ顔で暖かく迎え入れてくれた小屋の主がネルソンさん。
彼に僕を引き合わせてくれた弓ヶ浜のヒゲさん(彼との出会いもシンクロニシティーだったので今度紹介します)も一緒にその夜は酒を交わしながらアウトリガーカヌーの話しで盛りあがった。アウトリガーカヌーがハワイの歴史や文化を語る時には絶対に欠かせないという話し・・・や、Hulaとカヌーとのつながり、いつかはハワイまで人力で漕いで行きたい・・・等の話し・・・僕がよくしている話しだ。

ネルソンさんは、今回の台風18号でこの小屋以外は全て破損、もしくは波に持っていかれたばかりだった。20艇近くあったボート、ヨット、ジェットスキー、20年以上かけて集めたチークやマホガニーでできた高価な舟も全て失った直後だった。

築60年以上もなるこの小屋が無事だったのが奇跡のような大波、高波だったらしい。彼は途方にくれて、呆然としながら沈む夕陽を見ながらこれからの事を考えていた時に、海からオレンジ色の空をバックに僕がカヌーを漕ぎながら波にのって現れたのだった。そんなタイミングでの出会いだった。

『DukeここをHalau(カヌー小屋)にしよう。もう動力のある舟はいっさいやめた・・・ノンビリ、気持ちよく海を漕いで渡れるカヌーをこの浜にたくさんならべよう。』・・・そんなネルソンさんの言葉を半信半疑、心に温めながら、僕は数日後また八丈島に戻っていったのだった。
*長くなりそうなので、続きは続編とし次回にします。
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シンクロニシティー

2010-01-30 | OceanLegendについて
このところ毎週末のように通っている浜がある。
この写真は、その浜から観た夕陽。 
今の時期、オレンジ色の夕陽が真正面の伊豆半島に沈み、富士山がその夕陽の右側にクッキリと望める浜。
浜の両側が岬になって起伏にとんだ湾になっているためにマンション等の建物だけでなく、住宅地や街の灯りのような人工的なものが殆ど目に入らない。神秘的で、強すぎるほど海のパワーを感じる浜。都心のすぐ近くにこんな場所があるとは・・・僕は今までまったく知らなかった。

一般的には和田長浜と呼ばれている。横須賀市の長浜海岸と三浦市の和田海岸が重なる市の境界線で浜が2分されてる浜なんだけど。その浜の三浦市側に築60年以上にもなる漁師小屋(実際は貸ボート屋件ボート製造業だった)が砂浜の上に建っている。そこには先代のお爺さんから引継ぎ、外観はそのままノスタルジックなトタンの良い雰囲気を残しながら、20年以上かけて少しづつ手造りで内装に手を加えて素敵なビーチハウスに仕立て上げたネルソンさんという、超という言葉がつくほどライフスタイルがお洒落で、元気な海の男が週末のビーチハウスとして住んでいる。
ネルソンさんは、中学生の頃から起業家として駄菓子屋、靴磨き、からスタートし30年以上前にすでに24時間営業のダイナー(コーヒーショップ)をオープンし、Harley Davidsonの輸入販売、家具製造、等々・・・とにかく時代に先行した面白いビジネスを手がけてきた凄いオジサンだ。
そんな彼と、そしてこの和田長浜に建つビーチハウスとの出会いは・・・真さにシンクロニシティ−・・・
僕をこの場所に導いてくれた、何か宇宙規模の力がはたらいて起こった出来事と出会いだった・・・。

高波の被害が記録的だった台風18号が湘南エリアを襲ったとき僕は八丈島にいた。
仲間たちからの連絡で、湘南に舞い戻った時に、トレーニングを兼ねて茅ヶ崎から三浦半島まで沿岸の視察にOC-1(一人乗りのアウトリガーカヌー)漕いで行った時に、夕陽が沈むと同時に初めてこの浜にたどり着いたのだった。

*長くなりそうなので、続きは次週にしま〜す。
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便利さ・・・で本当に人は幸せになれるのかな?

2010-01-18 | 雑談
週一でブログ更新するぞ!・・・といっておきながら既にもう4週目に入ってしまった今年。早いね時間が過ぎるのは。

最近うちの長男Kennyが携帯電話をI Phoneに変えた。今までは家族割り引きを目的に契約していたんだけど、あまりもの彼の携帯電話代の高額さに・・・『もう大人なんだから携帯ぐらい自分で契約しろよな・・・!』という事で、自分で契約を交わさせて自分で代金を払わせることにした。ちょうどI Phoneが機種代がゼロ円だったから・・・との事だけど、いつも見ると、何をやってるのか・・・I Phoneを触ってる。その姿を見て・・・前に彼が小学生の頃、周りの友達皆がTVゲーム(コンピューターゲームて言うのかな???)ばかりで遊んでるというので、家では一切TVゲームを禁止にしていた。 『TVゲームする時間があったら外でリフティングでもしてろ!』というのが僕の口癖だったのを思い出した。もう今はリフティング・・・なんて言わないけど・・・『海がお前を待ってるぞ!!』と言いそうになって、我慢した。
次男Michaelは1年前の誕生日でもう既にI PhoneをGetしていて、調子が悪いから・・・とShopに行ったところ、これまた機種がゼロ円だから・・・て新たに契約しなおして、新しい機種を貰ってこれまた喜んでる。そして『これが無ければ生きていけない』・・・とまで言いやがる。

色んなアプリケーションがあるらしい。便利なのはよく分かる、楽しいのも分かる(やっぱ分からないかな・・・)でもこんなんでいいのかな??と不安になる。 携帯とかコンピューターとかを触っている時間て・・・数十年前には殆ど無かったわけで、それでも不自由も無く世界が回っていたし幸せだったのに。その時間に何をしていたっけ??人間は?? ボー・・と考える時間とか、今の子供だけでなく大人にもあるのかな??
人間の便利さへの欲求は限りないよね。こんな僕も便利なオンラインを通して自分のメッセージとかを伝えようとしているわけで・・・複雑だな〜。

I Phoneのアプリケーションの一つ、コンパスを使っている息子に言ったやった。『そんなのに頼るから感覚で何処が南でどっちが北か分からなくなるんだぞ!太陽や星を観て判るだろう??昔は人間は肌でそういうのを感じてたんだぞ!・・・』息子達は『一発で正確に判るよ!!』と得意げにしてたから、『いくら便利でも電源が切れたり、壊れたら何もわからないだろう・・・』『便利な機械やPCのせいで、人間が本来持っていた大切な能力がドンドン退化していってるんだぞ・・・』といつも言うようなこと言ったら、これもまたいつものように白い目で見られて、『パパも実はこれ欲しいんでしょう?古いのがそこにあるから使いなよ・・・』だって・・・・。俺、もう携帯電話も持つのもやめようかな〜・・・。
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