海保博之

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心理学との遭遇

2017-04-18 | 自分史
●大学進学 1960年
あまり躊躇なく、心理学科を選んだ。
入試科目が5教科、5科目と少なかったからである。
ちょっぴり化学でもいいかなーという思いはあったようにうっすらと記憶している。
それまでは、国立大学は、もっと科目が多かったと思う。
5科目でうけられる国立大学。
私立大学は、はなから対象外。学費が雲泥の差。
当時は、国立は、半期で9000円くらいだった記憶がある。

●心理学に遭遇したこと
しかも、心理学が面白かった。自分にぴったりという感じだった。
大学入学してすぐに、フロイトの精神分析を夢中で読んだ。それだけだと、偏った心理学の学びになるが、これもまた幸運なことに、2年先輩に睡眠脳波の研究グループに誘われて、何もわからないまま
サイエンスとして心理学の研究現場に足を踏み入れてしまった。これもまた幸運だった。以後、そのM先輩に公私にわたり、つかずはなれずの指導を受けてきた。そして、そのままの継続で国立大学の助手のポストにつけて、ここまでこれた。

●ライフワークの発見
40代までは、実験室研究だった。
抽象度が高く、研究し論文も書いたが、それが学会に貢献できるほどのものではなかった。それでも、40歳になるまで、ほそぼそと研究をしてきた。

転機になったのが、10か月のアメリカ海外研修での出会いであった。 
研修そのものは、自信があった英会話がまったくだめという現実に打ちのめされて悲惨であったが、これがきっかけでライフワークに出会った。「
一つは、異文化接触によって触発されたエラー文化の比較。これを講談社の現代新書「誤りの心理を読む」を出版させてもらったことから、いわば、実験室から社会への活躍の場を広げることになった。

もう一つは、そこで出あったK氏が、帰国後に持ち込んできた企業との共同研究も、結局その後のライフワークとなった。わかりやすいマニュアルの作成指針の研究である。

40代後半、エラー研究とわかりやすさ研究とを融合させて、実践認知心理学とも言う領域で活躍することになった。することなすことが世の中とつながっているということの緊張感とやりがいが、研究のドライブとなった。

自分にそんなところで活躍できる才能があるとは思えなかった。それが外からの働きかけで開花したという思いである。

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