かわたれどきの頁繰り (小野寺秀也)

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。

【書評】廣瀬俊介『風景資本論』(朗文堂、2011年)

2017年05月11日 | 読書

 

 なによりも『風景資本論』という書名に惹かれたのだが、私がことさら〈風景〉に強い関心を持っているというわけではない。山登りが好きで尾根伝いの眺めや林の下道の雰囲気は好きだし、釣り好きで流れの中から見通す谿の景色に見とれることもある。趣味の街歩きでは民家のたたずまいの探索に夢中になることもある。そんなこんなで、惹かれる風景、懐かしい風景はたくさんあるが、それはきっと誰にもあることで、私が格別だとは思えない。
 数年前、仙台市立図書館でたまたま目にした『風景の無意識』 [1] という本を「C・D・フリードリッヒ論」という副題に惹かれて借り出したことがある。それは、崇高な対象としての自然(風景)を描いた画家、フリードリッヒを論じたものだが、ハイデッガーやフロイトを導入部として、ドイツロマン派の絵画、文学、思想を〈風景〉をキーワードとして描きだした読み応えのある論考だった。私自身のドイツロマン派への興味は十代後半で終わっていたと思っていたのだが、優れた風景論としてその風景心理学的な味わいに誘われて一気に読み進めた本である。私にとっての〈風景〉の意味には、そのような面もある。
 これもまたごく最近の偶然なのだが、学生時代にタイムスリップするかのように、ローザ・ルクゼンブルグの資本主義論をなぞる作業を『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』という本を通じてやっていた。ルクセンブルグや彼女の思想を受け継ぐ思想家たちの世界システムとしての資本主義ということを考えていたのだった。マルクス以来の〈資本〉と『風景資本論』で説かれるであろう〈資本〉との異同に興味がわいたのは、偶然ではない。こうして私の〈風景〉と〈資本〉が本書のタイトルで触発されて融合したのである。
 本書を読んでみようと思ったのには、まったく別のきっかけもある。私は、大学を退職してから、いわばボケ防止としてホームページ作成や、SNSを使い始めた。そのSNSを通じて、社会的関心が重なり合うような多くの人たちと知り合うことになった。幾人かの人には実際に会うことこともあるが、ほとんどの人とはネット上だけの知人である。
 会ったことはないが、本書の著者もそのようなネット上の知人で、共通する社会的関心の向こうで著者の職業的専門についてもいくぶんかは窺い知るところもあった。私はその専門性にはまったく無縁だが、〈風景〉、〈資本〉、そして〈知人〉という三つ揃いが私の読書を後押ししたのである。

 本書は、「風景という資本」、「風景資本の構成」、「風景資本の内容確認、管理と充実――飛騨古川を例に」、「実践――風景の修復から進展へ」の四章で構成されている。〈風景〉を〈資本〉とする考えを述べる第一章は、フランスの古都ストラスブール市でなされた都市風景の修復(復活)の物語から始まる。それは、市民の交通手段を車から廃止されていた路面電車の復活や自転車に移行させるさまざまな政策によって遂行され、排気ガスにまみれた市の環境、風景を取り戻すことになった。そのためには、そのような政策を行おうとする市長を選択した市民の政治的な判断を必要とした。そうして、「ストラスブール市民は風景に「投資」を行い、住み続けられる街を手に入れた」(p. 16) のである。
 〈風景〉を標榜しながら都市の環境、景観を導入部としたのは、著者が専門とする「ランドスケイプデザイン」が対象とするもの、著者の〈風景〉についての考えが示唆されている。

風景のデザインとは、単にある土地のかたちを庭園のようにつくり替えることではなく、自然から生まれ出た生物種の一つである人間のつくる社会と自然との関係の調整を必須条件として人間が生活する場をつくること、またはつくり直すことを指す。人間が心身ともに健やかに生きるには、自然と社会の関係を調える努力が欠かせない。だから、それは人間が人間のために行うこの仕事の必須条件となる。ランドスケイプデザインの源も、一九世紀半ばのニューヨークで、悪化した都市環境の改善を訴えた市民運動をきっかけに実現するセントラルパークにあった。 (p. 20)

 手つかずの自然の風景ではなく、自然と人間の生活が織りなす景観を優れた〈風景〉としてデザインすることがランドスケイプデザイナーの仕事である。「優れた〈風景〉」と簡単に書いてしまったが、「優れた」の内実が何であり、どう実現するかということを目指しているのである。

 この本のなかで私が鍵概念として扱っている言葉の定義を、ここで記しておこう。「風景」はある土地の姿である。ただし音風景という言葉があるように、視覚に限らず聴覚、嗅覚、触覚、咮覚として土地の成因から人間が受けとる事物を含めて、風景の解釈を拡げる。「資本」は、それが無ければ経済活動が成らない生産の源であり、本書においては人間の生活と地域社会を持続可能にする基と定義する。「経営」は「力を尽くして物事を営むこと。[註]」で、地域経営とは結局のところ人間の生活と地域社会を持続可能にすることであって、それは環境、教育、福祉、医療、産業、文化……といった人間の生をささえる総てに留意をして、自然と人間の関係を調える営みに他ならない。([註] 新村出編『広辞苑』(岩波書店、第六版二〇〇八年)、八五四頁) (p. 21)

 著者が〈風景〉を〈資本〉と考えるベースに、エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハーが『スモール イズ ビューティフル――人間中心の経済学』で述べた「自然という資本」という理論がある。

〔……〕「自然という資本」と明言したシューマッハーの理論を、「自然と社会の関係が調った地域の風景」を「資本」と見る考え方へと発展させることを私は提案する。そして、「風景資本」の内容確認、管理と充実を図ることを中心に置く地域経営の方法を構想する。 (p. 22)

 このように提案し、構想し、そして実践することが、著者がランドスケイプデザイナーとしてやってきたこと、やろうとしていることのアルファからオメガであって、本書の内容そのものでもある
 著者のなかにある「風景資本」の概念のなかにきっかりと刻み込まれている印象深い概念イメージがある。飛騨市古川町を流れる瀬戸川の〈風景〉を語るとき、その〈資本〉的価値について次のように述べている。

 くわえて、川掃除をする地域の人々の姿が風景に生きた魅力を与えている。逆の見方をすれば、風景に備わるいくつもの意味のなかに人々の地縁が含まれることになるだから、瀬戸川べりの風景はうわべだけを整えた観光地の姿と異なる魅力を持つことにもなり、ひいては飽きの来ない風景地として観光産業から見た資本価値を保ち得ることに結びつくと考えられる。 (p. 24)

 人々の生活の営みの歴史的時間と人々が生きる場所としての自然が混然と織りなす景観を〈風景〉と見ることまでは、私にも容易に理解できる。しかし、その〈風景〉のなかで暮らしつつ維持している人々の肉体もまた〈風景〉であり〈資本〉価値を持つというのである。ここでは、〈風景〉は眺めるだけのものではない。眺める私が〈風景〉と一体である人々のコミュニティに入っていくこともまた〈資本〉価値であるかのようだ。
 そのことで思い出したことがある。先に挙げたドイツ・ロマン派の画家、フリードリッヒが描く壮大な自然を描いた風景画の中には必ずと言っていいほど、その風景を眺める人物が小さく配されているのだった。壮大で手つかずの自然と言えども、それを眺める人間が存在してこその崇高さなのだという主張である。ましてや、人間が暮らす場所の〈風景〉には人間存在が欠かせないということだ。
 しかし、現実に行われていることは風景デザインに値しないと著者は批判する

〔……〕日本では一般に、短期的に見た経済性のみを理由に地形や植生を破壊し表土を遺棄する土地開発が行われる。土地の自然と生き続けるための知と技の史料として評価できる、自然に近しいつくりを有した農地や二次林なども、大概は壊されてしまう。そしてランドスケイプデザイナーの多くが、破壊的に開発された地表に地域と無関係の植物から意匠までを「貼り付ける」。
 人間が生き続けられる条件を充たさないそれは、デザインではない。風景資本の価値は、このようにわが国の各地で減じられてきた。 (p. 29)

 私は生来の釣り好きが昂じて、県の内水面(川や湖沼のこと)漁場管理に民間人として二十年以上も関わってきたが、河川行政や地元住民の川に対する意識に悩まされ続けだった。行政にとっての川は、まず水路としての機能であり、中洲や寄り洲や淵などは無用で、できるだけ効率的に水が流れればよいと考えているのだった。さすがにそれには反省もあって、国交省がまだ建設省だった時代に、多自然型河川を目指そうというシンポジウムが地方自治体の河川関係者を対象に開催され、私もパネラーとして参加したことがあった。これからは日本の河川はきっとよくなるだろうと期待もしたのだが、それを牽引した建設省の担当者 [2] が早逝したせいか、多自然型河川工法などすっかり沙汰止みになったようにしか思えないのだった。
 一方で、河川の流域の住民たちからはしばしば聞かれた言葉も心を萎えさせるに十分だった。最悪の場合、行政は小河川をコンクリート三面張りにするのだが、それを見た住民のなかには「すっかりきれいになったね」と話す人も大勢いたのである。コンクリートでまっすぐに作られた川や道が「きれい」なのである。〈風景〉などを議論する余地などないと思えるのだった。

埋立てて成りたる広き舗装路のむかうに満つる虚しさは何
                                     佐藤佐太郎 [3]

 しかし、これは近代化を何よりも善とする東北の貧しい地域だけの例かもしれないと思ったのは、アユ釣りで出かけた多くの川を見てからである。西は岐阜県、北は岩手、秋田までの釣行にすぎなかったが、流域住民に愛されている川がけっこうあることを知った。それは、地域住民と自治体の意思が一致して、ときには著者のような専門家とのコラボレーションがあって成立していることが多い。共有された自然観、風景観があれば、故郷の河川が蘇るのは十分に可能なのである。

 第二章の「風景資本の構成」では、たくさんの写真で〈資本〉価値の高い〈風景〉が紹介されている。その美しさ、価値はじっさいに掲載されている写真を見てもらうしかうまく伝える方法を思いつかないが、倉庫の屋根を覆うように植栽された樹木群、氾濫原を避けるように丘陵に築かれた集落、都市のなかの公園、目的意識をもって管理されている街路樹など〈資本〉となる〈風景〉が例示されている。
 その中で、釣り人として目を惹かれたのは「水林」の例示だった。釣行時にこのような風景をたしかに眺めた記憶がある。意味も分からず、川に隣接する林と起伏のある川沿いの道の景色で心を和ませていた。写真と図解があって、それぞれに次のようなキャプションが添えられている。

川べりには洪水を弱めて低地につくった田畑を守るためのいくつもの工夫がされた。
写真は、林立する木々の幹が水の勢いを弱めるとともに流木や岩を濾す水防林と、切れ切れにもうけた堤の間から水を逆流させてさらに勢いを殺ぎ、川沿いの田を遊水池として一時貯める不連続堤(霞堤)が組み合わされた例。
水林。荒川(福島県福島巿)にて。泉真人撮影、2004年 (p. 48)

水林は、入会地として近隣の人々が管理しつつ、キノコの類から燃料までを得る場としても利用されてきた。
また、今日もさまざまな動植物がここに生きることから自然観察会が催される。
散策をしたり、芋煮やバーベキューを楽しんだり、キャンプをする人々の姿もある。 (p. 49)

 洪水対策として考えられた「水林」が立派な自然公園の機能を果たしているのである。そして、「水林」がすぐれて自然公園として維持されるためには、そこで暮らす地域住民の関与が必須であることも意味している。河川と地域生活空間を隔てるものがまっすぐな一本の築堤(時としてコンクリート張りの)だけという風景が多くなった現在、私のような釣好きで川好きの人間にとって、この「水林」の例は貴重な自然遺産(どちらかと言えば文化遺産か)に思える。
 河川の風景に関しては、著者はまた「魚つき保安林」についても論じている。

 二〇一〇年(平成二二)六月一三日、岐阜県は関市を流れる長良川河畔の市有林約四・五へクタールを、同県内ではじめて「魚つき保安林」に指定した[註]。姫島のように漁業者が生物生産と海岸の森林との関係を経験的に知って保護をしてきた例は古くからあり、それが魚付林と呼ばれてきた。「魚つき保安林」は、魚付林の効果の科学的根拠の検証から国や地方公共団体が制度をもうけて護ることにした森林を指す。ただし、海の無い県における河畔の森林を対象とした「魚つき保安林」指定は珍しく、滋賀、埼玉に続いて全国で三県目となった。
 保安林指定を受けた森林では立木の伐採制限や伐採後の植栽が課されるが、民有林に対しては固定資産税の免除や相続税の控除、森林管理に際して受けられる補助金の加算などの優遇措匿が適用される利点がある。滋賀県の指定は一九〇九(明治四二)のことで、岐阜県ではそれから百年かかったが、前進は前進である。([註] 「海育てる漁師の憲法」読売新聞、二〇〇八年一〇月九日朝刊、三三面  (p. 113)

 私にとって、河川の「魚つき保安林」というのは初見である。河川の魚類資源にとって川岸の樹木は必須であり、中洲、寄り洲除去とともに皆伐しないように願ってきたものにとっては夢のような話である。想像するに、川べりに自然林がまだ残されていたゆえの可能な決定であったろう。多くの河川は、住宅地や農地などの人間の暮らす領域と河川が一本の築堤だけで隔てられている状態にあって、新しく「魚つき保安林」を作ることなどは望むべくもない。あるものを指定はできても、ないところからの創設は困難であろう。幸運にもそうした自然林が残されている河川があるなら、漁業関係者や地域住民が「魚つき保安林」指定の可能性を積極的に探ることが望まれる。

 著者は、専門的実践として飛騨古川の地域再生に関わって活動してきた。地域的固有性を生かしたまちづくりを目指していた飛騨古川もまた国家政策によって翻弄されるが、著者自らが古川の風土像を表現した「朝霧たつ都」は、2001年策定の「「古川町第五次総合計画」の目標と定められ、飛驊市合併後も行政、民間諸事業の価値基準とされている」 (p. 98) という。

 以来、飛騨古川では「朝霧たつ都」の風景保全、修復、進展、すなわち風景資本の管理と充実を目指す中で、「市民共同の家計」たる行財政本来の意義に則った「市民の共同事業」が新たな雇用増、地域経済調整策を兼ねて少しずつ確かに計画、実行されてきた。治山治水に生物多様性回復を重ね、さらに美しい家並みのある中心市街の周辺、背景に健やかな森があることの観光産業等への効果をあわせた、公益性の総合評価に基づく環境保全的森林施業への所得補償のような……。 (p. 103)

 このような事業は〈風景〉の保全ばかりではなく、いわば地域社会(共同体)の一体的保全をも意味するだろう。こうした職業的、専門的経験を基に著者は〈風景〉と〈資本〉について注目すべき提言をしている。

〔……〕河川の岸を石積みや、丸太杭に雑木の枝や若い幹を編んだ柵で護れば、人出は施工にも補修等の管理にもより多く要る。短期的に見れば不経済とされようが、雇用機会は増やせる。重機の利用を制限すれば地形の破壊、化石燃料消費、二酸化炭素排出の度合いが減る。護岸の姿は時間と共に周囲に馴染み、石積みや木を編んだ柵のすき間に生物が生息できて生物多様性が保て、すき間から水がよく吐け、石が崩れれば積めば済み、木は朽ちれば土に還る。朽ちた資材の替わりは手入れされた雑木林から得られる。生物多様性保全、治山、治水、低炭素社会実現のための植物体への二酸化炭素の固定、居住環境の質の向上、雇用機会増等は、それぞれを関係づけてみるとこれらの個々の実現の必要性を否定する人は少なくなると思う。 (p. 124)

 労働力の集約や資本が生み出す利潤への過剰な執着を持つ現代の高度資本主義とは相いれないような主張だが、ここでは〈資本〉としての〈風景〉が生み出す利潤の再配分が風景の再生、維持の労働力に還元される。したがって、それは〈風景〉がいっそう価値あるものとなる、つまり〈風景資本〉の蓄積を意味する。「川掃除をする地域の人々の姿が風景に生きた魅力を与えている」という前の記述に従えば、風景の再生、維持に従事する労働者も〈風景〉の資産価値に加えられ、資本蓄積が進行する。いわば、資本、労働、利潤(資本蓄積)の関係が新しい様相を帯びているのである。
 さて、ここでの資本家は誰だろう? 生活を営みつつ〈風景〉を維持してきた地域住民と考えざるをえないが、そうであれば、この資本家は労働者でもあることになって、これもまた新しい経済構造と言うしかない。マルクス主義経済の理論に矛盾している、などと教条主義的に考える必要はない。地域経済としてこのような構造はありうるだろう。とうの昔に「大きな物語」を喪失した私たちは、こうした新しい視点や構想を大切にしなければならないと私は思う。願わくば、ランドスケイプデザイナーとしての著者の専門的な提言と職業的営為が直接的、間接的に多くの地方自治体に広がり、受け入れられ、時には批判もあって、いっそう価値ある〈風景資本〉が日本のあちこちで育まれ、〈風景資本論〉もまた一層の高みで成熟していってほしいと願っている。


[1] 小林敏明『風景の無意識――C・D・フリードリッヒ論』(作品社、2014年)
[2] 『佐藤佐太郎秀歌』(角川書店平成9年)p. 128。
[3] 関正和『大地の川――甦れ、日本のふるさとの川』(草思社、1994年)。


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