hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

秋のある日に思う

2017年03月13日 | 個人的記録

 

キンモクセイの香りに誘われて

 

 秋のある日のことでした。夏の異常な暑さも去り、散歩に出ると、どこからかキンモクセイの甘い香りがただよってきます。あたりを見渡すと、小さなオレンジ色の花が一面に地面に散っているところがあります。茂った葉の間にオレンジの房になった花を持つキンモクセイが、「ここだよ、ここだよ!」と、教えてくれます。

 いつも通っている道のそんなところにキンモクセイがあるなんて気づきもしませんでした。キンモクセイはこの季節だけ一斉に豊香を広くただよわせ、華やかにオレンジの敷毛布を広げて、散っていくのです。そして、あとはひっそりと目立たない庭木になって、また来年のこの季節まで、じっと風景の中に埋もれているのです。

  

 真っ直ぐ伸びる住宅街のいつもの道をのんびり歩いていくと、整地された空地がありました。手前のクリーム色に塗られたコンクリートの塀と、角の小さな家との間のそれほど広くはない土地ですが、前に何があったのか、まったく思い出せません。何もなくなった平地の方が目立つのも哀しいものがあります。無くなって初めて存在を主張しているようです。

  

 いつも曲がる角を、今日は気まぐれでそのまままっすぐ歩いてみました。右手のシャレた洋館の玄関先の駐車場が、何か変なのです。しばらく立ち止まっていてわかりました。駐車場の右手にあった桜の老木が根元だけを残して切り倒されていたのです。春先にあんなに見事に豊満な花を咲かせていたのにと、残念でなりません。たしかにそれほど広くはない駐車場に、太い幹、横に伸びた枝はじゃまに違い有りません。たまに通る者が何を言えるものでもありません。せめてあの桜の老木を思い出し、密かに目に焼きつけておくことにしましょう。

 

 

 帰り道、ふと考えてしまいました。

 私は、それなりに楽しく家族仲良い人生に満足しています。そして、私が居なくなった後も世の中は何事もなく進んでいくでしょう。私が消え去った直後は近辺に波が立ち、さざ波が多少の広がりを見せるでしょうが、すぐに元の静けさに戻るでしょう。私は、この世に生きた痕跡を残したいとも思わないので、それこそが私の望と言えるのです。しかし、そもそも私に、他人を楽しませた、あるいは、感動を与えた季節がわずかでもあったのだろかと、ふと考えてしまいました。

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