伊坂幸太郎著『3652 伊坂幸太郎エッセイ集』2010年12月20日新潮社発行、を読んだ。
デビューから十年、伊坂幸太郎の初エッセイ集。この本はデビュー作が発売された日と同じ日付(奥付)で発売された。そこで、書名は、1年365日×10年+(閏年分の)2日=3652日から。あまり一般の目に触れない雑誌、地方新聞に掲載されたものも含め78(多分)編のエッセイ。
人気作家なのに、あくまで謙虚な人柄は好感を持てる。
昔発表した各エッセイに、最近追加した脚注があり、エッセイを書いた時点の想い、事情を現時点で回想して述べていて、これもまた過去と現在のギャップが明らかになって面白い。
伊坂さんの小説を何編か読んだ人には、登場人物の名前の由来や、物語が出来るきっかけのエピソードなど嬉しい裏話も多い。
彼の好きな作家、小説についても熱く語っている。
打海文三の追悼文には、『愛と悔恨のカーニバル』『ぼくが愛したゴウスト』についてこうある。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
普通のエッセイとしては平凡。しかし、伊坂ファンとしては、殺し屋や超能力が登場し、人を喰うユーモアに満ちた小説を書く伊坂さんが狭い空間で平凡な生活を送っていて、人柄も控えめで誠実だということが面白い。
「特別な経歴や特技もありません」「むしろ出不精なほう」「もともと、こぢんまりとした生活が好きで暗い性格」などという伊坂さんがなぜあんな鮮やかな小説が書けるのか。
小説では空想を果てしなく走らせる伊坂さんも、「あとがき」で「自分がいかに平凡な(刺激のない)日々を送っているのかが分かります」と言うように、日常の細かいことがらから想いを述べるエッセイは、自分で言うように苦手なのだろう。
しかし、健康療法マニアの父、仕事を依頼してくる編集者、妻や、仙台の町で出会う人々との交流は平凡だが、伊坂さん自身の人柄をほのぼのと湧き出させて彼の小説ファンには面白いだろう。また、好きな作家、音楽や、映画について熱っぽく語る嬉しそうな言葉はほのぼのする。
気に入ったところを2つだけ。
ミステリー新人賞に落選し、選考委員から散々な評価と厳しい指摘を受ける。
で、肩を叩かれたのだ。・・・選考委員の一人だった北方謙三さんが、・・・「後で、俺のところに来い。話をしよう」
実際に話をしてくれた。「とにかくたくさん書け。何千枚も書け」「踏んづけられて、批判されても書け」「もっとシンプルな話がきっといい」
おそらく若い小説書きがいたら北方さんはいつもこんな風に励ますのだろう。明日になったら僕のことなど忘れているだろう。そう思いながらも救われた気分だった。・・・ただ、やはりあの時の北方さんの「俺のところに来い」がなければ、僕はまた小説を書こうとはしなかったはずだ。
脚注 後日北方さんにお会いしたとき、やっぱり、「よく覚えていないけど、そういうことをよく言うから俺は」とおっしゃっていました(笑い)。そういうところがまたいいですね。
脚注:伊集院静が「小説というのは、理不尽なことに悲しんでいる人に寄り添うものなんだよ」と言った。伊坂さんが取材などのときに「伊集院さんにきいたんですけど」と話していたら、少し前に電話があって「律儀に私の名前を出さなくてもいいから、あれ、もう、あなたの言葉にしちゃっていいから」と言ってくれました。