コンビニでペットボトルの水を買った。1本105円だった。“南アルプスの天然水”とかのネーミングだった。1本飲むのに5分とかからなかった。どういうわけか喉が渇いていたからである。それにしても、家で水道水を105円分飲むとすれば、飲みきれないほど飲めるであろう。確か、市の水道料金は、1㎥当たり100円そこそこだったと思う。それでも、水道料金の値上げとなると、市民の料金値上げ反対の声は、一段と激しくなる。コンビニで500ml105円の水を買って飲むのに、市が水道料金を1㎥当たり10円値上げすることには、大きな声を出して反対を叫ぶ。何か、ちぐはぐな感じがしないでもない。
わが国は、世界中の国々の中で飲料水には比較的恵まれている国だと思う。もちろん全国の中には、水が少なくて、断水の恐怖におののく地域も少なくない。しかし、大方の地域は、水には恵まれていると言える。私の住む街は、水は豊富で、しかも東京あたりと違って、そのうまさと言ったら比べようもない。富士山に降った雨や雪解け水が、100年の歳月を超えて、柿田川に「湧水」となって湧き出てくる。その湧水を汲み上げ、供給されている。また、丹那トンネルから湧出する「丹那湧水」もあり、美味しくて豊富な水に恵まれている。東京や横浜から来る友人たちは、これらの「水」を飲んで羨むことしきりである。
かつて、私が市議会で、水道事業を担当する委員会の委員長をしていたころ、愛媛県の松山市で、水不足に悩んでいることがあった。松山市は、「国際特別都市建設連盟」と言って、全国に11市1町ある都市の仲間の1市である。そんな縁もあって、水の豊富なわが市から、松山市へ水を運んで行こうということになり、ポリタンクに水を入れ、トラックに積めるだけ積み込んで、何台も運んで行ったことがあった。現地では、小学校や中学校などへ行き、子どもたちがその時ばかりはたくさんの水を手いっぱいに出して、手や顔を洗ったり、水筒に水を入れたりして、喜んでくれたことを覚えている。
水は、欠くことのできないものである。ヨーロッパあたりでは、“軟水”がなく“硬水”が多いためミネラルウォーターで、ホテルなどでも有料のことが多い。わが国では水は無料が当たり前である。いずれにしても、水は貴重であり、生命の維持に欠かせないものである以上、大切に利用していかなければならない。「水の価格」についても、そんな観点からもう一度、考え直すことが求められていると思う。








