ひつじの森modoki

小耳症の仲間たちと

片方の耳に聴覚障害があるということ

2011-05-04 16:51:59 | うしたち
片方の小耳症の人はBAHA補聴器の手術をすることができないという決定がおりたと聞いた。
片方が聞こえないってどういうことなんだろう
どこまでが聞こえないせいでおこる問題なんだろう
みんなどうなんだろう

わたしは生まれつき右耳の外耳道が閉鎖していて、音がはいってこない。
聴力検査をすると少しは聞こえているようだけれど、音声としても、もちろん言葉としても、認識できていない。
生まれつきということは、これ以外の状態を知らないということで、わたしにとってはこれが正常な状態。
聞こえる状態と比較することはできないし、これがわたしの普通。

昨日のオフ会でシンシアさんは、子供さんの補聴器が、両耳で使えるように認可を得るためにデータをとった話をしてくれた。
子供は言葉で表現できないので、音が聞こえたらおもちゃを箱に入れてね、というかたちで遊びの中で、補聴器を片方した場合、両方した場合の反応を写真に撮り、補聴器のメーカーの人も加わって観察して記録していく作業を積み重ねた結果、認可にこぎつけたとのこと。素晴らしい。

認可がおりてやっと両耳に補聴器を使いだしたと思ったら、機械の故障で修理に出すことになって、ちびっこにしばらく使えないことを説明してはずしたら泣きだしたとのこと。そして両側に補聴器が戻ったとき、表情がぱっと明るくなった、音が急にはいってきて世界が立体的に感じられた瞬間だと思われるのだけれど、子どもが「わっ」て喜びと驚きの感情が出た感じになったってシンシアさんは言ってた
平面的な世界から立体的な世界へ。
そのくらい衝撃的にステレオの世界は違うっていうことなんだろう
人は両方から音を入れて、距離や方向、自分のバランス、いろんな微調整を行っているんだろうと思う。

ちびっこが片方の補聴器使用のときは話し方に自信がなさそうにしていて、自分の声がよく聞こえていないようだという話を聞いて、私もそれは思い当たると思った。私はよく声が小さいと言われる。このくらいの大きさなら聞こえるだろうと思う声が、相手に届いていないことがよくある。相手の反応を見ながらカンで声のトーンを調節していることがある。
この一連の作業はほぼ無意識にされているのでいちいち意識して考えることはないけれど、言われてみれば確かに、距離がとれていないのだと思う。

以前、小さいこどもさんたちと親の会、のオフ会に参加させてもらったとき、カチューシャタイプの補聴器をつけさせてもらったことがある。そのときは小耳症のある側から普通にクリアに音声がはいってきて、それこそ衝撃だった。わたしの脳は両方からの音声の処理にとまどっていたし、短時間だったけど、そのときいちばん驚いたのは、すべてのものが近く感じたこと。
音も、人も、近く感じる。あれはどういうことなのかな
さゆりちゃんもその場にいて同じように補聴器つけていて、やっぱり私と同じように近さを感じたと言ってた。
数メートル離れた人たちの会話の内容がわかったと驚いてた。補聴器をつけない状態だと音声は聞こえるけど言葉としてははいってこなかった。ところが補聴器をつけると会話の内容がはっきりわかった。今まで私がここで話してることをまわりの人たちはわからないだろうと思っていたけど、聞こえてたんやと思った、って言ってた
あの近さっていうか
平面が立体になった感じっていう部分かなあ・・

聞こえない側に補聴器をつけたら、隣にいる人のことばが聞きとれるメリットがいちばん大きいと思う
少しでも離れていれば何とか聞きとれる音声も、聞こえない側の真横に来られるとお手上げっていう話も出た。
少しでも離れているってことは、音が聞こえる側に少し流れてくるから。
それに方向がわかるっていうのは大きいと思う

それとシンシアさんはちびっこがくちびるの形を読んでるって言ってたけど、
わたしたちはたぶん、聞こえない側の耳の代わりに目を使ってる。
すべての情報を目で補いながら、脳はどこから音声がくるかを予測していて、それに対応できるように準備しているのだと思う
唇の形をすべて読むことができるわけはないけれど、聞きとれる音声と唇のかたちを組み合わせて脳で一生懸命ことばとしてとらえようとしてる動きがあると思う

全く聞こえないわけではないので生活する分には問題がないという理由でBAHA補聴器への道が閉ざされてしまった今、とまどいだけが残る。

日常の中でたくさんの聞き落とし、何度聞き直しても音声としてしか入らず意味のわからない言葉、仕事への支障、後ろから呼ばれてることに全く気付かず、無視されたと誤解を受けて孤立したり、他の人の発言が聞きとれず会議で立ち往生したり、言いだしたらキリがなく、問題がないとは言い難い現状がある。でも一見問題がないようにも見えるだろうし、いちいちできませんと言ことも許されない。みんな自分で何とかしてきたわけで。そういうことを否定されず安心して話せる場を提供することが私とさゆりちゃんが続けたオフ会の最大の目的だった。

くわえて小耳症の場合は形の問題がある。
わたしの場合は形成手術をしていないので、耳かけ式の骨導補聴器は使えない。耳があるっていうことはひっかける場所があるっていうことで、帽子もちゃんとかぶれないし、ヘアバンドも止まらない。
つけるとしたら、BAHAがベストだと思っていた。
どうしてもせっぱつまったらBAHAがあると思っていられたのだけれど。

片方が聞こえないことが日常生活にどう差し支えるか、人それぞれ立場や環境がちがうから一概には言えないけれど
もう少し時間をかけて検証してもいいのではないかな
道を閉ざす権利はないのではないかと思うのだけれど・・・

小さい子たちの自然な反応をデータ化して蓄積していくことは、とても大きいメリットがあるのではないかと
シンシアさんの話を聞いて思った。
全国の病院の先生たちが連携して、データベースをつくってくれたらいいのにね
その積み重ねがやがて小耳症の枠を超えて、たくさんの聴覚障害者の道を開くことになると思うのは素人考えだろうか?









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リベンジオフ会

2011-05-04 14:54:58 | うしたち
もう当分オフ会はないな、と思っていたら、前回震災があって参加できなかった東京組のひとり(仮称ルルちゃん)が、連休使って関西に来るから会えないかって連絡がはいった。彼女はBAHA補聴器に詳しい。せっかく遠くから来るのに、わたしとさゆりちゃんだけじゃもったいないわ、って考えた。じゃあ前回来れなかった人とBAHAの情報を必要としてた人に再度声がけしてみようか、ってことになって。

結局ふたを開けてみれば、両耳の子の親ごさんふたり、片方の本人5人(1人は後半参加)の8人で。お店は前回と同じ場所。
同じ場所で助かったんだよね・・私が時間30分間違えて遅刻しちゃったので・・すみません

前回のオフ会で爆弾発言をした仮称ヨネさんは、ルルちゃんに会う為に参加すると言っていたのだが会えず仕舞いだったし、声かけてみたら参加するってことで、まさかの再会。今回もやってくれました。
ルルちゃんに「BAHAにとても関心のあるお母さん。ルルちゃんに会いたかったんですよねー?」ってにこやかに紹介したら、「そうでもない。」ええええーっ
目が飛び出たし。(あんた前回ルルちゃんに個人的に話がしたい、他の人には関心ないしルルちゃん来ないなら参加しないかもって言うてたやん)
そ、そうですかー。ちょっと笑えるスタートだった

乾杯と自己紹介のあと、ルルちゃんがお知らせをふたつ持ってきましたってことで

ひとつはBAHA補聴器を日本で扱える認可が下りたそうで、今後メンテナンスなども日本のお店を通してできることになり、とても楽になるようで。でも保険適用にはまだならず、ちょっと驚いたのは、片側の小耳症の人に関しては、今後BAHAの手術は認められないっていうことになったらしい。
なぜ??この展開は意外だった。保険が認められないっていうとかじゃなくて、手術そのものを受けられない・・選択肢がひとつ消えたってことだね。その場にいた片側の本人たちは一斉に「えええーっ」って驚愕の声をあげた瞬間、ヨネさんは言った
「片方の人たちなんて、BAHAつける必要ないじゃないですかっ」
なんであなたはそう挑戦的なの。しかも空気ちょっとは読もうよ。
前回と違ってヨネさんを抑える役の兄さんはいない
思わず「ヨネさんは片方の人に対して偏見を持ってるよ。まあゆっくりみんなの話を聞いて。」と同時に向こう側に座ってるさゆりちゃんも「今日はやめて。」って言ってるし。

そのあと、片方の場合の問題点や困ること、片方聞こえるだけではやはり十分ではないっていう話をしてたら、「さっき偏見持ってるって言ったけど、その状態に今からなろうとしてるんですよっ」て言う。
それは無理。
いくら補聴器つけたって、両耳の人が片方の小耳症と同じ状態にはならないし、片方の小耳症の人は健常者と同じにはならない。
あくまでも両耳の小耳症であり、片側小耳症であり、それぞれの立場、独自の問題点があって同じグループではあるけれども別のものなのに。なんで比べるかな?なんではりあうかな?無意味。
ファイターヨネ、あなたは何と戦っているの?


もうひとつのお知らせはライブのこと。BAHAのことを紹介する意味あいのあるライブで
7月30日に埼玉で100人規模のイベントを予定していて、ぜひ小耳症の関係者に来て欲しいってことで、その案内。
BAHAをつけたら誰でも聞こえるようになるって誤解されることがいちばん困るってことで、小耳症の関係者限定、もしくは趣旨をしっかり理解した上での参加をお願いしたいとのこと。
ブログとかあるんだけど、詳細はまた別に書きましょう
認可の方向へ動いたことで、彼女の持ってるBAHAに関するホームページはとりあえず役割を終えたからここらで一区切りにしようと思っているとか。

彼女に出会ってから7年くらいたったのかなあ
最初はBAHAを紹介したい、って強く思ってる学生のライ麦さんが、日本語でBAHAに関する情報がわかりやすくのっているものが全くない。原文を和訳するから、小耳症の子をもつ親御さんたちがBAHAっていうものがあることを知るきっかけになるように私にホームページをつくってそれを載せるように言ってきてできたのが「ひつじの森」。このブログの横についてるキャラクターミミイちゃんはひつじの森のキャラで、当時学生ちゃんだったコリーちゃんがデザインしたんだよね。
麦さんはスパルタで、初めてHPをつくる私はよく泣きながらなおしてたな、さゆりちゃんにぼやきを聞いてもらいながら。それに本人同志の交流を目的で掲示板をつけてたくさん友達ができて。

しばらくしたら、ルルちゃんが見つけて声をかけてくれたんだよね。そして彼女が独自にHPをたちあげたときは本当に肩の荷がおりたっていうか、頼んだぞーって感じで。
彼女の動きは目覚ましくて、大きなうねりの中心となっていって今につながってるわけで。
そういう意味でも昨日のオフ会で、認可おめでとうの乾杯は私にとっても特別な乾杯になった。
だけど片側の人のBAHA手術の可能性が消えてしまったとしたら、それは大きな後退とも言える。その可能性は全く考えていなかったので本当に何と言ってよいやら。
小耳症だけでなく、BAHAが適用できるすべての聴覚障害の人にとって大きなマイナスになる

そもそも片方だけ聞こえる状態っていうのがどういう状態なのか。
この定義がはっきりしない。
本人さえきちんとわかってないんじゃないかな
この話はまた別枠で考えるとしよう
なんせ昨日はもうひとりの参加者の親御さん(仮称シンシア)のおかげで、この片方聞こえる状態っていうことについての貴重なお話がいっぱい聞けてものすごく濃い時間になった。

3時間ほどの対談のあといったんお開きにして、ルルちゃんの宿泊予定地までぶらぶら歩いて、そのあとじっくり懐かしいメンツでしょうもなくも楽しい時間をすごして・・久しぶりに終電に乗った。あと5分遅かったら歩いて帰ることになってたよ。

3月のオフ会と今回のオフ会は2回でセットになってた感がある。
私の中で今までいちばんひっかかっていたことが、今回答えが出たような気がして、個人的にはやっと次にすすめる、っていうところなのかもしれない。

誰かと出会うことでお互いに変化しあうんだよねー
ひとりではできない技だわ

これで本当にしばらくはオフ会しないな・・・
でもスニフが中国に行くことになったら、そのときは送別会オフやろう。ってさゆりちゃんと決めた。

みんな、今回もありがとう。






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2011/3/12 大阪オフ会

2011-03-13 00:44:47 | うしたち
昨日でかけてて、地震に気付いたときは夜になってた
ナニコレ・・
明日オフ会だし、東京乗り物動いてないって言ってるし・・
こんなとんでもないときにオフ会って・・中止のほうがいいんじゃあ・・

4年ぶりのオフ会。恒例のメンバー表を「さあ、書くぞ」と紙を広げたところだった

バスが動かない、うちをあけるのが心配、気持ち的に無理・・続々と連絡がはいる。
メンバー確定できないから書けない・・

もしかしたら夜中に余震がきて、関西に来たはいいけど帰れない
なんてこともありそうだし、関西の人だけでランチだけでもしようかってことになったけど
ひとり神奈川から走って参加してきた人がいた。なんてパワフルなんだ。

わたしとさおりちゃんは本人のオフ会ばっかりしてきたので、今回初めて親御さん参加型のオフ会を主催したのだけど
まさかの大地震で15人が8人に。本人4人、親御さん4人が集まった

本人は片側の子ばかり常連さん4人。親御さんは両耳のお子さんがいる方が3人と耳以外にも気になる場所のある子供さんのお母さん。
だけどたぶん親御さんの必要とされてる情報は私たちはあまり持っていないのじゃないかと思うし、でもせっかくこうして直接お話する機会を得たのだから、親御さん同志の情報交換の場にもしてもらえばいいし、集まってくれる人たちそれぞれに何かプラスになることがあればいいなあと思いながら大阪に向かった

今回も集合場所での目印はプロレス本。さゆりちゃんがプロレス本をかかげると、数人の人がさっと集まってきた。やっぱ威力あるなあプロレス本。ランチはハンバーグ。最初に乾杯して自己紹介にはいった

ここでひとりの親御さんが言っちゃったね
手術の話や先生の話をひとしきり話されたあと、両耳の人の場合はこれだけ大変なんだから、それに比べたら片方の人なんて何の問題もない。って言いきった・・しかも繰り返す。ちーん・・あ〜あ、地雷ふんじゃった

ここなのね
私たちが本人オフを続ける理由。まさしくこれなのね・・親御さんと一緒にオフ会をしなかった理由。

この場に居合わせた本人たちが、状況に理解のある常連さんたちで本当に良かったと思って冷や汗かいた。
はじめて参加の人で心がまだやわらかい本人さんが居合わせたらと思うと・・

例えばね
両手をなくした場合と片方失くした場合、どっちがましかって言ったら片方って言うよね
片手を失くした場合と小指失くした場合どっちがましかって言ったら小指失くしたほうだよね
小指失くした人は両手ない人にあなたはまだいいじゃないって言われたら強く出れないね
だけど小指1本なくても日常生活や仕事に支障は出てくるのさ
場合によっては致命的なほどに。
それぞれの状態の困難さなんて、なってみなければわからない
手が1本が2本か、耳が片側か両側か、なんて単純な比較論自体意味がない

そういうことです。

基本的に私たちは片方が聞こえるので、言葉でのコミュニケーションはできる。
でも聞こえない側にいる人との会話は著しく難しい状況も少なくない。それは仕事でも日常でも言えることで、場合によってはかなりの差し支えや不便があることもある。片方聞こえるだけに、同じように聞こうとするし、まわりにもそれを期待される
そして形成の手術は片方だけでも精神的にも肉体的にも経済的にも負担がかかる。心の痛みや身体的な痛みはある。誰かにじろじろ見られるとか、いじめられたとか、呼ばれても方向がわからないとか、手術の後のアフターケアの大変さとか、それこそ自分のアイデンティティに関わることでちいさいことから大きいことまで気を使って気を配ってくたくたになったりする
一見できそうに見えて実はできない、グレーゾーンのしんどさは、はたからは理解されにくいの

あるんです。そういうことが。

あるけど何とかクリアできてる。少しずつ我慢しながら長い時間を過ごしてきてるけどあえて外に言うこともないままたまっていく。ときには我慢してるっていう意識すら自分で気づいてないこともある。
普段ならこの程度の無神経な暴言は、いちいち気にとめていたら身がもたないので流してるような内容なんだけど

私たち本人同志が集まると、こんなことあるよね、そうそう、ってネタにして笑い飛ばせる
それだけで心の掃除ができちゃう
何かの情報が欲しいっていうこともあるときもあるけど
ただ一緒に集まって話して笑う
それだけでいいの
そういう会なのね

その会の席で、あなたたちは何の問題もないって正面切って言われると
1こ手術するより2こ手術するほうが大変って理屈で来られると言い返せない。いつもの無意識の我慢を強いられる。

これはきついんだよ。たぶん集まった本人たちみんなおいおいおいちょっと待てよって思ってたと思う
(自分がぶち切れてることに今気付いた^^;)
このオフ会はそういう日頃の何気ない無神経な攻撃から身を守るのに疲れた私たちのオアシス的存在なのね
ここにくれば、何も気を使わなくていい
何回でも気がねなく聞き返せちゃう

両耳が小耳症の子と片側が小耳症の子とでは違う。てか違うのがあたりまえで
それがどういう状況なのかは実際にその立場にたってみないとわからない。
だけどいろいろなことをひっくるめてお互いを尊重しながらわたしたちは集う

何と比べるかじゃないんだよ
自分としてはどうなのか
どう感じるのか
どうしたいのか
何がいやなのか

それは人それぞれ違うから
どんな考え方でもその人の自由なのだけれど。それを否定することはできないけど
自分の価値観をおしつけて相手の立場を踏みにじることをおかしいと思わない感性
そういう社会の生きづらさを意識しなくてもいい場所を確保するのが私たちの目的でもあったと改めて思い出されて。

まあしょっぱなに地雷は踏まれたけれどそれをのぞけば
自分よりずっと若いお母さんたちとお話して、自分の母親を重ね、自分の子を重ね、自分自身を重ねて
それぞれの立場に想いを馳せる時間になった

正面から向き合ってしっかり歩こうとしている彼女たちにエールを送りたい気持ちでいっぱいになった
小さい子供さんを抱えてこれから長い道のりを乗り切っていかなければいけない
そういう不安と覚悟を持って
少しでも何か得ることがあればと家の人に子どもさんを預けて時間をつくって来てくださって

正しい答えなんてどこにもなくて
ただ手さぐりで

私は穴をあける手術したついでに耳のかたちを整えるプチ形成みたいな手術したのは42年前。
そして今、あの手術は必要なかったなあと思うのだけれど
そのときの自分の親は何か少しでも子供にとって良い状況になればと
精神的にも経済的にも時間的にもたくさんのエネルギーを使ったのだと察せられる。

たぶんそこなんだろう
一緒に考えて、一生懸命考えて、調べて動いて
エネルギーを使って愛情を注ぎこんでくれた
その過程にとても大切なものがあったのだと思う
それが今の私をかたちづくってるんだろうと思う

お母さんたち、どうかしっかり支えて見守ってあげてください
そしてお母さん自身が楽しんでください
お別れするとき、一生懸命なお母さんたちがとても愛おしくて
感謝の気持ちがわいてきた。その向こうにいる小耳症のおちびさんたちの未来を祈って・・

終わって本人たちでぷらぷら歩く
やっぱなんか頼もしい
4年にいちどだからオリンピックオフ会とか言われながら
またできたらやりたいなあ
そう思えるいい時間だった
何とか来ようとしてくれた仲間たちにも感謝
それぞれの想いが一瞬重なって
またそれぞれの生活に戻る

みんなありがとう。また会おうね


地震の影響で電力が足りないみたい
エアコンは消してるけど
現場はさぞ寒いのだろうな









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郵便局の保険に入れない

2009-08-18 14:44:54 | うしたち
先月かんぽの保険に入ろうと思って手続きしたんだよ
そしたら健康上のことで聞きたいことがあるからって
係の人が家に来て、耳のことをいろいろ聞いてくる

手術したことはありますか・・○
通院していますか・・・×
完治していますか・・うーむ

これって病気なのかってとこからの話よ
これで生まれてきたんだから私にとってはこれが正常なんです
なーんてリクツはパンピーに通じない
んなこたわかってるけど他にどう説明するんだ
完治ってどういう状態が完治なんだ?

仕方がないのでこれは小耳症と言って・・
延々係のおっちゃんに説明したんだけど
今日になって電話かかってきて
「保険の件ダメだったんですが」
「えー、そうなんですか」
「今からそちらに伺っていいですか」
ひょえー
あわててごはん詰め込んで服も着替えて
うちに来たおっちゃん
ケガや病気の保障以外ならいけるんですけど
死亡保険金と災害時の保障だけなら入れますがどうですかって
あり得んくね?

今まではいった他の保険は全部パスしてるんだけどなー
勉強不足だよ郵便局
これで保険だめて言われてもなー

これは病気じゃねー
と叫んでみたところで
どうしようもない

メガネは結局めんどうなのでかけてないし
マスクは今んとこいらないけど
ピンもストッパーも便利だけど
なくてもできるほうが便利に決まってる

耳は別にいらないんだけど
耳の形は欲しいんだよね

これ、わかるかな
同じ感覚の人いるかな

あー久々めんどくせー気分になった
しかも
玄関先で郵便局のおっちゃんと話した後
部屋に戻ってふと鏡を見たらシャツが後ろ前逆だし
あり得んくね?




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新しい仕事場

2009-04-24 01:51:22 | うしたち

まる1ヶ月お休みしたおかげで
聴力は少し落ちた状態で安定して
痛みやつまり感もすっかり抜けた
良かった
教訓・・・冒険はほどほどに

新しい仕事を始めて1ヶ月過ぎた
デイサービス
福祉の業界はやっぱり肌になじむ感じがする
人相手の仕事は楽しい

前の職場で常に聞こえとの戦いがあったことが
まるで嘘のように
今はおだやかに時間が流れる
全く聞こえの不便さがなくなったわけではないけれど
ほとんど困らないレベル

最近初めて眼鏡やさんに行って
乱視と言われてびっくり
確かに
調整された眼鏡であたりを見ると
クリアだ!
そういえば昔はいつもこういう風景だった気がする
景色がぼやけてることに、気付かなかった
何か見にくいのは老眼のせいだと思ってた

結局普段使いと手元用のふたつの眼鏡を買うはめに
帰りにチャリを走らせながら眼鏡の目であたりを見ると
ものすごくきれいでうきうき

うきうきはそれだけのせいではない
小さい私の耳に
メガネがちゃんとかかって落ちないずれない
秘密はストッパー
220円のゴムの棒1本で
私の悩みは解決だよ
てか
見えるようにはなったけど
かけかえめんどくさっ
これね、新たな便利と
新たな不便がやってきたって感じ

ついでにマスクだけど
職場でマスクが必要って聞いて
いろいろ試してみたら
普通にパチンと止めるピンで留まる

ここに来て私の悩みは一気に解決
チタンを埋め込んで耳をつくる手術
あきができたって病院から電話かかってきたけど
とりあえずキャンセルしますって返事した

今必要なものは
仕事に関する資格や技術

環境が変わると
必要も変わるのね
こんなもんね



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