片方の小耳症の人はBAHA補聴器の手術をすることができないという決定がおりたと聞いた。
片方が聞こえないってどういうことなんだろう
どこまでが聞こえないせいでおこる問題なんだろう
みんなどうなんだろう
わたしは生まれつき右耳の外耳道が閉鎖していて、音がはいってこない。
聴力検査をすると少しは聞こえているようだけれど、音声としても、もちろん言葉としても、認識できていない。
生まれつきということは、これ以外の状態を知らないということで、わたしにとってはこれが正常な状態。
聞こえる状態と比較することはできないし、これがわたしの普通。
昨日のオフ会でシンシアさんは、子供さんの補聴器が、両耳で使えるように認可を得るためにデータをとった話をしてくれた。
子供は言葉で表現できないので、音が聞こえたらおもちゃを箱に入れてね、というかたちで遊びの中で、補聴器を片方した場合、両方した場合の反応を写真に撮り、補聴器のメーカーの人も加わって観察して記録していく作業を積み重ねた結果、認可にこぎつけたとのこと。素晴らしい。
認可がおりてやっと両耳に補聴器を使いだしたと思ったら、機械の故障で修理に出すことになって、ちびっこにしばらく使えないことを説明してはずしたら泣きだしたとのこと。そして両側に補聴器が戻ったとき、表情がぱっと明るくなった、音が急にはいってきて世界が立体的に感じられた瞬間だと思われるのだけれど、子どもが「わっ」て喜びと驚きの感情が出た感じになったってシンシアさんは言ってた
平面的な世界から立体的な世界へ。
そのくらい衝撃的にステレオの世界は違うっていうことなんだろう
人は両方から音を入れて、距離や方向、自分のバランス、いろんな微調整を行っているんだろうと思う。
ちびっこが片方の補聴器使用のときは話し方に自信がなさそうにしていて、自分の声がよく聞こえていないようだという話を聞いて、私もそれは思い当たると思った。私はよく声が小さいと言われる。このくらいの大きさなら聞こえるだろうと思う声が、相手に届いていないことがよくある。相手の反応を見ながらカンで声のトーンを調節していることがある。
この一連の作業はほぼ無意識にされているのでいちいち意識して考えることはないけれど、言われてみれば確かに、距離がとれていないのだと思う。
以前、小さいこどもさんたちと親の会、のオフ会に参加させてもらったとき、カチューシャタイプの補聴器をつけさせてもらったことがある。そのときは小耳症のある側から普通にクリアに音声がはいってきて、それこそ衝撃だった。わたしの脳は両方からの音声の処理にとまどっていたし、短時間だったけど、そのときいちばん驚いたのは、すべてのものが近く感じたこと。
音も、人も、近く感じる。あれはどういうことなのかな
さゆりちゃんもその場にいて同じように補聴器つけていて、やっぱり私と同じように近さを感じたと言ってた。
数メートル離れた人たちの会話の内容がわかったと驚いてた。補聴器をつけない状態だと音声は聞こえるけど言葉としてははいってこなかった。ところが補聴器をつけると会話の内容がはっきりわかった。今まで私がここで話してることをまわりの人たちはわからないだろうと思っていたけど、聞こえてたんやと思った、って言ってた
あの近さっていうか
平面が立体になった感じっていう部分かなあ・・
聞こえない側に補聴器をつけたら、隣にいる人のことばが聞きとれるメリットがいちばん大きいと思う
少しでも離れていれば何とか聞きとれる音声も、聞こえない側の真横に来られるとお手上げっていう話も出た。
少しでも離れているってことは、音が聞こえる側に少し流れてくるから。
それに方向がわかるっていうのは大きいと思う
それとシンシアさんはちびっこがくちびるの形を読んでるって言ってたけど、
わたしたちはたぶん、聞こえない側の耳の代わりに目を使ってる。
すべての情報を目で補いながら、脳はどこから音声がくるかを予測していて、それに対応できるように準備しているのだと思う
唇の形をすべて読むことができるわけはないけれど、聞きとれる音声と唇のかたちを組み合わせて脳で一生懸命ことばとしてとらえようとしてる動きがあると思う
全く聞こえないわけではないので生活する分には問題がないという理由でBAHA補聴器への道が閉ざされてしまった今、とまどいだけが残る。
日常の中でたくさんの聞き落とし、何度聞き直しても音声としてしか入らず意味のわからない言葉、仕事への支障、後ろから呼ばれてることに全く気付かず、無視されたと誤解を受けて孤立したり、他の人の発言が聞きとれず会議で立ち往生したり、言いだしたらキリがなく、問題がないとは言い難い現状がある。でも一見問題がないようにも見えるだろうし、いちいちできませんと言ことも許されない。みんな自分で何とかしてきたわけで。そういうことを否定されず安心して話せる場を提供することが私とさゆりちゃんが続けたオフ会の最大の目的だった。
くわえて小耳症の場合は形の問題がある。
わたしの場合は形成手術をしていないので、耳かけ式の骨導補聴器は使えない。耳があるっていうことはひっかける場所があるっていうことで、帽子もちゃんとかぶれないし、ヘアバンドも止まらない。
つけるとしたら、BAHAがベストだと思っていた。
どうしてもせっぱつまったらBAHAがあると思っていられたのだけれど。
片方が聞こえないことが日常生活にどう差し支えるか、人それぞれ立場や環境がちがうから一概には言えないけれど
もう少し時間をかけて検証してもいいのではないかな
道を閉ざす権利はないのではないかと思うのだけれど・・・
小さい子たちの自然な反応をデータ化して蓄積していくことは、とても大きいメリットがあるのではないかと
シンシアさんの話を聞いて思った。
全国の病院の先生たちが連携して、データベースをつくってくれたらいいのにね
その積み重ねがやがて小耳症の枠を超えて、たくさんの聴覚障害者の道を開くことになると思うのは素人考えだろうか?
片方が聞こえないってどういうことなんだろう
どこまでが聞こえないせいでおこる問題なんだろう
みんなどうなんだろう
わたしは生まれつき右耳の外耳道が閉鎖していて、音がはいってこない。
聴力検査をすると少しは聞こえているようだけれど、音声としても、もちろん言葉としても、認識できていない。
生まれつきということは、これ以外の状態を知らないということで、わたしにとってはこれが正常な状態。
聞こえる状態と比較することはできないし、これがわたしの普通。
昨日のオフ会でシンシアさんは、子供さんの補聴器が、両耳で使えるように認可を得るためにデータをとった話をしてくれた。
子供は言葉で表現できないので、音が聞こえたらおもちゃを箱に入れてね、というかたちで遊びの中で、補聴器を片方した場合、両方した場合の反応を写真に撮り、補聴器のメーカーの人も加わって観察して記録していく作業を積み重ねた結果、認可にこぎつけたとのこと。素晴らしい。
認可がおりてやっと両耳に補聴器を使いだしたと思ったら、機械の故障で修理に出すことになって、ちびっこにしばらく使えないことを説明してはずしたら泣きだしたとのこと。そして両側に補聴器が戻ったとき、表情がぱっと明るくなった、音が急にはいってきて世界が立体的に感じられた瞬間だと思われるのだけれど、子どもが「わっ」て喜びと驚きの感情が出た感じになったってシンシアさんは言ってた
平面的な世界から立体的な世界へ。
そのくらい衝撃的にステレオの世界は違うっていうことなんだろう
人は両方から音を入れて、距離や方向、自分のバランス、いろんな微調整を行っているんだろうと思う。
ちびっこが片方の補聴器使用のときは話し方に自信がなさそうにしていて、自分の声がよく聞こえていないようだという話を聞いて、私もそれは思い当たると思った。私はよく声が小さいと言われる。このくらいの大きさなら聞こえるだろうと思う声が、相手に届いていないことがよくある。相手の反応を見ながらカンで声のトーンを調節していることがある。
この一連の作業はほぼ無意識にされているのでいちいち意識して考えることはないけれど、言われてみれば確かに、距離がとれていないのだと思う。
以前、小さいこどもさんたちと親の会、のオフ会に参加させてもらったとき、カチューシャタイプの補聴器をつけさせてもらったことがある。そのときは小耳症のある側から普通にクリアに音声がはいってきて、それこそ衝撃だった。わたしの脳は両方からの音声の処理にとまどっていたし、短時間だったけど、そのときいちばん驚いたのは、すべてのものが近く感じたこと。
音も、人も、近く感じる。あれはどういうことなのかな
さゆりちゃんもその場にいて同じように補聴器つけていて、やっぱり私と同じように近さを感じたと言ってた。
数メートル離れた人たちの会話の内容がわかったと驚いてた。補聴器をつけない状態だと音声は聞こえるけど言葉としてははいってこなかった。ところが補聴器をつけると会話の内容がはっきりわかった。今まで私がここで話してることをまわりの人たちはわからないだろうと思っていたけど、聞こえてたんやと思った、って言ってた
あの近さっていうか
平面が立体になった感じっていう部分かなあ・・
聞こえない側に補聴器をつけたら、隣にいる人のことばが聞きとれるメリットがいちばん大きいと思う
少しでも離れていれば何とか聞きとれる音声も、聞こえない側の真横に来られるとお手上げっていう話も出た。
少しでも離れているってことは、音が聞こえる側に少し流れてくるから。
それに方向がわかるっていうのは大きいと思う
それとシンシアさんはちびっこがくちびるの形を読んでるって言ってたけど、
わたしたちはたぶん、聞こえない側の耳の代わりに目を使ってる。
すべての情報を目で補いながら、脳はどこから音声がくるかを予測していて、それに対応できるように準備しているのだと思う
唇の形をすべて読むことができるわけはないけれど、聞きとれる音声と唇のかたちを組み合わせて脳で一生懸命ことばとしてとらえようとしてる動きがあると思う
全く聞こえないわけではないので生活する分には問題がないという理由でBAHA補聴器への道が閉ざされてしまった今、とまどいだけが残る。
日常の中でたくさんの聞き落とし、何度聞き直しても音声としてしか入らず意味のわからない言葉、仕事への支障、後ろから呼ばれてることに全く気付かず、無視されたと誤解を受けて孤立したり、他の人の発言が聞きとれず会議で立ち往生したり、言いだしたらキリがなく、問題がないとは言い難い現状がある。でも一見問題がないようにも見えるだろうし、いちいちできませんと言ことも許されない。みんな自分で何とかしてきたわけで。そういうことを否定されず安心して話せる場を提供することが私とさゆりちゃんが続けたオフ会の最大の目的だった。
くわえて小耳症の場合は形の問題がある。
わたしの場合は形成手術をしていないので、耳かけ式の骨導補聴器は使えない。耳があるっていうことはひっかける場所があるっていうことで、帽子もちゃんとかぶれないし、ヘアバンドも止まらない。
つけるとしたら、BAHAがベストだと思っていた。
どうしてもせっぱつまったらBAHAがあると思っていられたのだけれど。
片方が聞こえないことが日常生活にどう差し支えるか、人それぞれ立場や環境がちがうから一概には言えないけれど
もう少し時間をかけて検証してもいいのではないかな
道を閉ざす権利はないのではないかと思うのだけれど・・・
小さい子たちの自然な反応をデータ化して蓄積していくことは、とても大きいメリットがあるのではないかと
シンシアさんの話を聞いて思った。
全国の病院の先生たちが連携して、データベースをつくってくれたらいいのにね
その積み重ねがやがて小耳症の枠を超えて、たくさんの聴覚障害者の道を開くことになると思うのは素人考えだろうか?
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