お母さんとの想い出箱

OCNブログ人から引越ししました。
書きたいことはたくさんあるけど、時間がない…
でも、お母さんとの想い出は永遠

お母さんの七回忌

2017-03-07 18:35:46 | 日記
2月16日、お母さんの命日前日にシオと釧路へ行きました。
夕方、真由美の迎えでパパの家に着くと
舞、綾と私たちを待っていたパパですが、
着いて挨拶するも様子が変でした
誰も押していないのに
知らないうちに右に体が傾きます
顔も目が死んでいると言うか何か視線が泳いでいました
「たまに、そんなこともあるか…」と
夕ご飯を食べましたが、
父は茶碗や器を持つ左手がだんだん下がります
そして姿勢も前かがみになりつつ
右に倒れてきます
真由美と義弟と私3人で
心臓でかかりつけの孝仁会記念病院へ
父を連れて行くことにする
と言うのも、
お母さんの時のことがトラウマになってる
一日早く病院へ行っていれば
命は救えたかもしれない…
真由美のなかでそれが大きくて
私も本当にそうだったと後悔する気持ちが残っている

行った病院では本当は心臓でかかっているけれど
系列病院で脳梗塞のケアもしてもらっているから
着いてすぐ夜間当番の先生に診てもらえた
MRIやレントゲンを撮って
暫くして先生の説明があり
あまり重要に考えていなかったら
「今日は帰せません」とのこと
画像を見せて説明されたのが
右側の脳内に出血があること
まだできて間もない広範囲になっていない出血だとのこと
なるほどそれで左側に力が入らないはず
結局リハビリが必要な入院3週間を言い渡され
その場で担当になる先生に
「帰宅願望が強く、一人で大人しく入院できない」と話すが
まずは入院の手続きをとることとし
父は病室へ
私と妹義弟はディルームで待機
すると入院患者が徘徊していたり
病室からのナースコールが重複して鳴っていたり
まるで戦場のよう
ずいぶん待たされたような気がしていたら
父の乗ったベッドがこちらにやってくる
看護師さんから
「今、帰ろうとして点滴を引きちぎったので、血まみれになっています。
どなたか付き添われますか?」と…
やっぱり、そうです、そうなんです
以前の脳梗塞の時
どれだけお母さんを困らせたか…
「靴持ってきなさい!」と母に怒鳴っていたっけ
脳梗塞を起こす前のパパは
お母さん想いで優しくて
パパは若い時ワンマンだったから、
お母さんにはようやく訪れた平穏な毎日だったのに
やがて世を儚むくらいお母さんを追い詰めることになった
パパの豹変ぶりは面喰い
私たちは妹もお母さんも病気を呪った
そして、失意と言っても過言ではない状況のお母さんは
この世を去り
パパは生きていることを楽しめていないような毎日を過ごし
気力体力とも衰えて
周りは手を差し伸べ励ますのに
あまり通じていないままの日々
口では「ありがとう」と言うことがあるが
それを言う前に行動してほしいと言うのが本音だ

私はその日から父の付添をする
個室を空けてもらい
簡易ベッドを借りて
絶対安静に近いので用便もベッドの上で
看護師さんが世話をしてくれる
しかし、それを嫌がるパパ

翌日、私とパパは当然お母さんの七回忌には出られなかった
法要を終えた真由美母子たちとシオがやって来るが
尿瓶を嫌がったパパが暴れ
寝ながら拳を振り上げる
それを抑えながら
一番小さくて一番やさしい舞が泣いた
パパが歯をくいしばり暴れる姿にショックを受けた
本当に病気を恨んだ
お母さんが若い時から
健康にとても気を遣って家族を守って来たのに
結果、まだ先がある年齢で本人が病気で命を失い
人一倍気にかけてきたパパもこんな風だとは…
私も泣きたくなった
でも、まかり間違えていたら
パパはお母さんと同じ命日になるところだった
私はのちもお母さんの七回忌を忘れることはないだろう
妹たちも同じだと思う

それから、トイレも早いうちから一人で行かせてもらい
退院も早めにできるよう
担当医が工夫してくれた
あとから分かったが、担当は研修医だった
何でもいい、治してさえくれればそう思いながら
私が日曜から木曜まで付き添い
妹が木曜から日曜まで付き添うというスタイルになった
ただ私は何だか不満で不安で
ただ一人で父のそばで終日過ごす
真由美は舞か綾を伴う
別に一人でもトイレにも連れて行けるし
ご飯を食べるところも見守れる
でも、父以外に話す相手も同意を求められる相手も無いのは
本当に不安で
それでも、2週間が過ぎて退院
パパはすぐ1人にはできないから
私がパパの布団の横に布団を敷いて
2日間一緒にやすんだ
3日目母の部屋のベッドで寝てみることにした
ドアを開けて寝ていたら1度目
パパが起きていく気配を察知して
無事に階段を移動することを見守って
そうしたら2度目
気付かぬうちに階下の居間のソファに横になっていた
意味不明の行動をとることが多い
だから、誰かが一緒に泊まらなければならない
とりあえず7割がた以前の生活に戻れたようだが
あとの3割
昼と言わず夜と言わず
気が付くと居眠りをしている
テレビも観ないし
新聞も読まない、もちろん本も…
入院前と違い老化が進んだ
86歳だからと言えばそれまでだが
私の父母が人より老け込むとは予想しなかった
他所の父母よりも人一倍若くて健康に居てくれると思っていた

人生ってなんだろうと
また考える機会になった
そして
こんな時誰が寄り添ってくれるのかも分った
普段いい時だけの友達が誰なのかも分った
人生一度きり
パパを心配しつくして自分をボロボロにはしない
お母さんが身を以て教えてくれた通り
花様年華
私の人生を大切にしつつ
パパとサト君と陽とシオと
真由美たち一家をできる限り大切にしよう
さぼらずに人生を進もう
お母さん見守ってね
そしてパパのことももう少しこっちに置いてね
パパの意思もあるけど
このままは残念過ぎる
どれが本当によいのかわからないけど
お母さんの気持ちを感じながら祈ります
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