ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

影響

2010-05-31 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
その後、弁慶は変な言いがかりをつけて、掴みかかって来た。
弁慶「勝手に俺の脳に浮かんで来るな!」
義経「勝手に妹を抱くイメージで俺を抱くな!」
弁慶「俺の脳で抱く能子だ!勝手でいいだろ!」
義経「何っ!勝手に俺と妹交互に脳で抱くな!」
弁慶「俺は能子を抱きたいんだ、出てくんな!」
義経「てか、出すな、俺のイメージ…」
弁慶「やめっか。俺はフラレたんだ…」
なんだかちっちゃい器の男二人が虚しい言い争いをしているように感じたので強制打ち切りした。しかし、弁慶はでっかい図体の割に胆が小さかった。能子に会いたくないというわけではなく、義経の顔をしばらく見たくないと言って、でっかい図体を小さく丸めて座敷の隅にちょこんと体育座り…引き篭もってしまった。自分の好みの顔タイプが義経顔でショックだったらしい。心の傷として残った脳の残像は、どうやら義経の顔だったらしい。
義経「もう、ほっとこっ」と、弁慶をほったらかしにしたら、
弁慶「…」ひょこっと顔を出した。どうやら、無視されるのは淋しいかったようだ。その後、引き篭もりは自然解消したが、義経の顔を見る度に「ふぅ…」と深い溜息をつく弁慶だった。
義経「俺の顔がトラウマかっ!!」主従関係上、常時顔を突き合せるこの二人。
弁慶にとっては一生のトラウマとなった主人義経の顔だった。
最初に妹を紹介した時“常盤御前と瓜二つの娘”と書いたと思うが、能子は平家に引き取られた義経の異父妹である。常盤御前と容姿が瓜二つでそっくりなしゃべり方の同じ“話術”を使いこなす。その後生き別れたが、10年後の「屋島の合戦」中に再会を果たした。
その「屋島の合戦」にて…
源氏の白旗※掲げて戦う義経の前に、一隻の小船が止まった。
※当時、源氏義経の軍旗に、家紋[笹竜胆]はなかったようです。
その船上に、竿に扇の的を持つ女が立っていた。平家の方から「的を射抜いてみよ!」と挑発があったので挑発に乗った。もちろん、一歩間違えば女を射抜くことになるが、弓矢の名手 義経にとって簡単に落とせる的だった。弓を構えようとした義経は、女を見てハッとした。その鋭利で凛とした目で睨まれた者は黙るしかない、あの女は…、
義経「能子だ…」しかし、ここで退けば士気が弱まると考えた義経は、弓矢の名手「那須 与一(なすのよいち)※」に代打を頼んで、的を射抜いてもらった。※那須は栃木出身である。
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告白

2010-05-30 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
義経「頭巾で顔を隠して俺の木刀振り回すな!俺が疑われるだろうがっ!」と、妹に厳重注意したが、案の定、近所のママさんからの苦情の嵐に見舞われた。もちろん、母からお目玉を食らうのは、全て 兄 義経である。妹の罪をひたかぶる優しい兄だった。
いつからか近所の強弱問わず子共たちから「頭巾レンジャー」と呼ばれ、賞賛の嵐を受けていた兄妹だったが、もちろん、義経はそんな恥ずかしい五レンジャーごっこはしてない。
義経「五レンジャー?」
その後、妹は強そうな子供たちを手下に加え、あごでこき使っていた。時おり、決めポーズでヒロインぶって多くの子供ファンを増やしていた。こんな立派に術を使いこなし、人を使いこなす妹の二代目鞍馬の破天荒ぶりと紫頭巾のヒロインぶりが心配でしょうがなく、さらに心配なのはいろんな変な虫が付いてくることだった。蓼食う虫も好き好きでこんな使い魔 能子の外見だけに囚われた弁慶のような一見した所強そうな男たちがわらわらぁ~と言い寄って来る。そういうストーカーらが心配だったが、能子も満更ではなく、
能子「あれをもて!これをもて!それを盗って!」盗って来たら「よし!」と褒めていた。
その「褒め」がやつらを惑わせている…。弁慶も体が完治してから早速能子の言いなりになって使い走りしていた。しかし、虫の数は数多、自分だけが虫ではないのにちょっと勘違いした弁慶は、能子に告白してしまった。能子に褒められれば褒められるだけ、なんか悶々となり異様な闘志を自然と湧き上がり、感情を抑えら切れなくなったのだろう。
弁慶「俺の女になれっ」と。告白の仕方を知らない弁慶だった。
能子「命令しないで!」と?自分は人に命令を下し、人をこき使い、言い包めて言い聞かせて“伏せ”させていたにも関わらず、人の上からものを言う態度が気に入らなかったらしい。
それ故に、弁慶の恋はすっぱり切り捨て御免となった。ばっさり…。
男心はへし折られたが、心に残る深い傷ではなかった。
弁慶「ま、能子は美人だし…な」と外見だけが理由で自分が選抜されなかったと勘違いし、自分を慰めた弁慶だった。
義経「ま、俺はおまえの兄貴にならなくて良かった」と、安堵した。
弁慶「あん!?兄貴って??」と首を傾げて、マジマジと義経の顔を見た。
弁慶「ハッ!?」弁慶は脳に能子と義経を照合させた画像を作った。能子は義経よりも10センチほど身長が高く、鼻がスッと高い。その2点以外は義経と同じパーツだと気づいた弁慶。しかし、もし上手いこと?面白い具合に?事が運び、能子を抱けるとしたら、自然に脳裏に浮かんでくるのは 兄 義経の残像。弁慶の頭に衝撃打 落石が落ちた。ガーン…。
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クベラ

2010-05-29 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
願いが叶ったような、叶ってないような絵馬発祥地 貴船神社に戻って自分の願いを記した絵馬を確認したら、「妹がじゃじゃ馬  足を洗いますように」と、丁度ど真ん中“から”の二文字が雨でにじんでいた。
義経「墨で書く絵馬じゃねぇな…」と、油性ペンにすべきだったと後悔したが、貴船の神さん…、
義経「わざとだろ?」と呟いた。
すると、大雨になり絵馬の文字が全消去。頭からびしょ濡れになり、クベラから大雨の洗礼を受けた義経だった。
義経「俺を洗ってどうするよ?」と天を仰いだ。
貴船の神さん クベラは天(あま・女?尼?雨?海?)を動かす龍の化身で、雨降らせて怒りと頭を冷やすなんてことお安い御用。さらには鞍馬と能と義経を縁という繋ぎ止める縁の神であり、クベラが発端、源氏ハタの神だった。
もうこうなれば、鞍馬のお目付け役 由岐(ゆき)大明神に頼むしかない!と由岐神社に向った。そこでは狐火に似せた火祭りが行われていた。
ひゅん…
義経「あぶねっ!」咄嗟に落とした矢の端には火が付いていた。どうやら、ここで戦いの火蓋は切って落とされたようだった。
義経「ここ?」と首を傾げてみた。首傾げついでに妹のことを思った。
妹の気持ちを真剣に考えていたつもりで、結局は自分が妹に「こーなって欲しい」「あーなって欲しい」と一方的な願望を押し付けたのだと分かった。妹がどんなことで「幸せ」を感じるかなんて考えてもいなかった。自分の思いを先行させ、妹の形振(なりふ)りをどうこうしようと思うことが愚かなことだったと悟った兄 義経、
義経「妹が幸せになりますように」と密かにゆきに祈った。ら、じゃじゃ馬 能子は鞍馬直伝の術を完全マスターしてくれた。
義経「妹の幸せが、術のマスターかよ!!」とゆきに怒鳴った。
ゆき「なにぉ…(怒)、覚えておけよ、この台詞」と、小さく呟いた。
義経「何を覚えるんよ!!」
ゆき「ナンジャラホイ!!」と言い残し、去ってしまった。
妹は術マスター後、かの有名な紫頭巾の鞍馬天狗を真似て「正義の味方 鞍馬小天狗だ!天誅下すっ!」と義経の木刀を拝借、強そうな子に追い回していた。強い子いじめの能子だった。
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鞍馬

2010-05-28 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
能子は、時の天皇 高倉天皇と中宮 平 徳子(のりこ・平清盛の娘)様のご子息 言仁(ときひと 安徳天皇)様の宮女(きゅうじょ・宮廷で使える女性)をしている。当時、朝廷のお后 皇女 宮女は平家一門一色に染まっており、能子のもの一人として朝廷に仕えていた。いずれ、皇女にも選ばれるのでは…と囁かれた彼女の身分は滅法高い。そんじょそこらの巷 内弁慶もとより草食系男子らの手が届くはずもなく物価高騰中の高嶺の花である。もし、この高嶺の花に手を出し、何か付けようもんなら清盛が直々に天誅を下しに来る。
そんな高い身分を振りかざして能子は自由奔放に育った。暇を見つけては、紫頭巾の帽子(もうす・僧や尼が頭にかぶるもの)で頭を覆い、馬で走り回り、都を闊歩し、強そうな男子をいじめていた。弱い男子を助けるためだと言って…。
そして、正義の味方気取りで京の強そうな男子を見たら天誅を下し、正義に見方が立ち寄る場所は母の許だった。おやつを食べるためである。
清盛別邸に顔を出せば、大抵はそんな妹とぶつかる。
義経「尼御前(あまごぜ)…」と紫頭巾をかぶった妹に向って呟いた。
能子「違うわよっ!!!」と大激怒。
義経「ふぅ…」こんな妹なんだ、能子って。
兄として心配になり、とても恥ずかしくてしょうがない。
誰の変装で何の仮葬パーティか!?誰に教え込まれた扮装か!?とマジマジと妹を見て、ハッとした。
義経「鞍馬に教え込まれたな」
鞍馬が妹を気に入っていたのは知っている。妹のどこにどう惹かれたのか分からないがちょっかい出してくる。大層な入れ込みようで密かに“何か”を教え込んでいたを見た。
鞍馬曰く「筋がいい」と。
義経「どこの筋で何の関係筋だ!!」と、一度、そんな鞍馬に剣術師匠であることをさておき物申したことがある。が、あっさりその申し出は鞍馬寺で棄却、護摩焚きの火種となり償却廃棄処分となっていた。
義経「見た目16歳のおっさんがぁっ!!」と鞍馬寺をなじったら、狗(いぬ)がたくさん襲ってきた。鞍馬は天狗の天狐、凶星である。落下注意だな。
気を取り直して、運気上昇のために近くの貴船神社へ行った。
義経「妹がじゃじゃ馬から足を洗いますように」と絵馬に書いた。
すると、じゃじゃ馬の足を洗っている妹を発見した。
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能子

2010-05-27 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
その後、牛若丸は「ちょっとやり過ぎた…ごめん」と、未だ力加減が分からないことを素直に反省、弁慶に謝罪した。そこで弁慶に負わせた怪我を治療するため、母 常盤御前の許「平清盛別邸」に訪れた。
牛若丸「母上、家来を連れて来た!こいつの怪我を見てくれっ」
弁慶「け、家来!?こいつっ!?」と家来という言葉に敏感に反応し首を傾げ、いきなりこいつ呼ばわりされた事に拳を上げたが、ここ清盛別邸で清盛の妾である義経の母上の御前で再々奇襲をかけたら、清盛の前にしょっ引かれる。それに、これ以上京の都の文化財の破壊し、己の怪我をも増やしてはこっちの体が再起不能になると思い直し、拳を下ろした。
実は[六条大橋]の奇襲をまんまとかわされ、近く[清水寺]で再奇襲したが反撃開始されたのだった。そこで弁慶は大怪我を負った。三度目の奇襲をかける男のプライドなんて残っていない。その男のプライドは時間が経てば復活する安易なものだと勝手に思い、体の治療だけは初期治療の応急処置が必要なため清盛別邸に訪れたが、ここで予測もしてない事態が起こり、決して復活しない自己修復困難となる心の傷(トラウマ)を負うことになった。京の都は比延山延暦寺から勝手に抜け出し初めて京の地を踏んだ弁慶にとって、心と体に傷跡を残す苦い思い出の場所となったのだ。
清盛別邸にいた義経の母 常盤御前の美しさは衝撃的だった。清盛の妾という立場で、近寄り難く高嶺の花で、美と年齢に圧倒されて手が出ない女性だった。
弁慶「…(世は平家の時代…もし、手を出したら斬首の晒し首だな)」と手を引っ込めた弁慶だったが、常盤御前の傍らに常盤御前と瓜二つの娘に手を伸ばした。
義経「ん!?」と弁慶の不審不穏な動きを敏感に察知する義経だった。
常盤御前「能子(よりこ)、手当てして御上げなさい」と、常盤に治療を頼まれた能子と呼ばれた女性は、にっこり笑ってスクッと立ち上がり、頭一つでっかい図体の弁慶を、
能子「お座りっ」と短い一言で座らせた。さらに、「お手っ」と弁慶にお手を差し出させ、手の治療に当たってくれた。次「伏せっ!」と背中の治療も施してくれた。
優しく躾(しつけ)の上手な能子だった。
この能子(よりこ)と呼ばれる女性は、見た目清潔感溢れる清純派装う女優。しかし、芯は滅法強く、奥に潜ませる鋭利で凛とした目で睨まれた者は黙るしかない。でっかい図体の割には内弁慶で無口な弁慶は、能子に黙って従っていた。
弁慶の心内は「…(男の何たるかをまだ知らないだろう)」と勝手に決め込み、「俺に丁度いい」と思い込んでいた。全く思い込みの激しい内弁慶だった。
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トラウマ

2010-05-26 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
能登を出立する時、
繭子「じゃ、郷さんによろしくお伝え下さいませ」と手を振って見送ってくれた。
義経「あぁ、あ、え!?郷(さと)??」ビックリした。
繭子の口から正妻の名が出てくるなんて予測していなかったので、弁慶に後からそこらへんの妾と正妻の深い事情と親密な関係に付いて詳しく聞いてみた。
郷のお里は、武蔵河越の国。それは説明済みであるが、数年前まで武蔵の豪族は平家方について源氏をやっつけるために戦っていた。その平家方 味方の縁で京に遊びにいった時バッタリ出会って意気投合、類友になった仲らしい。従って、二人は大変仲が良い元平家と平家という関係なのだ。
義経「それを早く言ってよ…。前から知ってたの?」
この時初めて繭子が“平家と郷のスパイ”だと気が付いた義経だった。この事実を知っている弁慶はもちろん蕨姫に手を出していない。
弁慶「当然だ」
このスパイ説は河越と平家から嫁をもらった時点で気付いた弁慶だった。気付かない義経が鈍い。弁慶は女性に手を出す前に、予め必ず女性側の身辺親族聞き込み調査をする。だから、女性の身辺には詳しいのだが、どうしてそこまで詳しく調査するのかと問いたくなる。
普通に出会って恋して、後から問題にぶち当たればいいものを…。
この男、体は丈夫に出来ているが心はガラスのハートで脆いのだ。絶対に心だけは痛い目に合いたくないらしい。つまり、でっかい図体の中にはガラスのハートが収納されており、ちょっとした傷つく一言でこっぱ微塵、自己修復不可という自己診断結果が出す。
ここらで一つ、弁慶節。
『自ら危険な橋を渡る必要があるのか、男心
女に破壊されると知りつつ進むか、無謀な恋の道
男心はガラスのハート、触れるな、触るな、トラウマに
おいおい、そこの女。俺に何気ない軽い一言掛けて去っていくな
去った後、一瞬で玉砕粉砕見る影もなくなる、マイ ガラスハート』
つまり、弁慶はトラウマという女がつけた古傷が残っているのだ。その女とは、決して口外できない不明な方だが、弁慶 荒れに荒れた21、2の時である。京では「刀千本狩り」の噂が広がっていた。噂の張本人は弁慶だ。清水寺近くの「六条大橋」を通った法師姿の牛若丸に千本目の狙いを付け襲撃したが、逆に牛若丸に打ちのめされて大怪我をした。
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繭子

2010-05-25 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
蚕の糸を丁寧に解き、繭玉を作る、まさにプロ級である。熟練の技が織り成す繭玉と絹製品だった。源氏の軍旗 白旗はシルク製か?定かではないが、繭玉とは小正月(旧暦の正月)に桑、水木、柳、樫、榎などに繭を団子状にしてたくさん付け、座敷、神棚、大黒柱、玄関などに飾り付ける。養蚕業が盛んな東日本では多く見られるが、北陸では、代用で餅を団子状にして、その後、焼いて食べる。護国 五穀豊穣を祝う縁起物である。
義経はそんな繭子の蚕の世界に口出し 手出ししない、まったく興味がないのだ。
興味があるのは、大人の繭の世界。どうなっているのか…繭の中。興味津々である。
ある日の能登潜伏中、真剣な顔で蕨姫に頼んでみた。
義経「繭(わらび)が欲しい!!」
蕨姫「分かりましたわ。今から仕込みます」と、台所は覗かないように注意され、
パタン…
と、戸を閉めた。
義経「仕込み?何の?」
何を仕込んでいるのか、何かをすりつぶす音に耳を傾け、首をかしげつつ待つこと半日。
自家製黒蜜付きの蕨餅をこさえて来た。蕨の茎部分をすり潰していた音だと分かった。
念願だった「一緒に蕨餅」を能登で成就。
義経「いやぁ~、お願いって時間差で叶うだね」と二人で蕨餅を味わった。ほんのり香る蕨が優しく、きな粉と黒蜜の相性がよく美味しかった。しかし、口に広がる甘さと心の苦さは葛藤して、お預け食らった気分になる義経だった。本当は大人を二人で蜜会を味わいたかった。そんな義経の気持ちなど知ったこっちゃない追っ手は、石川に数多く残した痕跡 形跡 奇跡?を辿ってきた。これも安宅関で義経ら一行を通した関守 富樫からの情報だった。
その情報で能登を離れることになる義経だったが、その前に勇気を持って告白した。
義経「繭が欲しいっ」今度は勘違いされないように別名で頼んでみた。
蕨姫「まぁ♪どうぞ」と、にんまり笑って、大量の繭玉をお土産にくれた。
義経「あ…ありがとう」と、お礼を言うしかなく、受け取るしかない繭玉だが、やはりお預け食らったような残念な気持ちなった。
義経「じゃ…これ、蕨餅と繭玉のお礼にあげる」
本当は、蕨姫(繭子)をGetした後、渡すつもりだった[手鏡]で、静に渡した忘れ形見の手鏡とは色違いの[紅柄]の手鏡を渡した。これは牛若丸時代に5枚セット色違いの手鏡で京の都で手にしたものである。現時点で手元に残る手鏡は[黒柄と橙柄]の二枚となった。
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蕨姫

2010-05-24 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
義経の興味は平家から嫁いだ年上の大人の蕨姫(わらび ひめ)一点に注がれた。
この時、義経27歳、28歳の蕨姫。初めてのちょっと大人の恋だった。
蕨姫「絵本が見たいの」と大人の色気で迫った。
義経「あぁ、いいよ♪でも、吉備団子は賞味期限があって食べたよ」と未開封の機密絵本?を手渡し、吉備団子の言い訳をした。その言い訳には「蕨姫と一緒に吉備団子が食べたかったな」と優しさが滲み出ていた。そんな優しさに、
蕨姫「ありがとう。では、今度、私が蕨餅(わらびもち)を御作り致します。一緒に食べましょう」と、次回会う約束を取り付ける隠密(スパイ)。それを知らない義経は何度かスパイと密会し逢瀬を繰り返した。重ねた密会は、蜜会になり、スパイ蕨姫は次第に義経に惹かれていった。しかし、蕨の恋は運命に翻弄され、頼朝に引き裂かれることになる。
蕨の父 時忠は能登に流罪である。それとともに蕨も能登に移った。遠距離恋愛である。
「一緒に食べよう」と約束をした蕨餅は奥州に向かう途中に立ち寄る能登までお預けとなった。
石川 小松の安宅関 能舞台「勧進帳」の半官びいきでえこひいき後、能登の蕨園に向っている。郷には内緒で蕨姫と甘い愛の蜜?会である。
正妻の郷と義経は10歳違いである。郷は少々天然で幼く、甘え難かった。一方、妾と正妻を比べてはいけないが、一歳違いの年上の蕨姫は精神年齢5歳ほど上に感じる大人の女性で上手く膝?で甘えさせてくれた。男のロマン??の耳かきである。その膝にコロッと行くのも無理はなく、実はアロマテラピストで耳かきのスペシャリストである蕨姫だった。
自作自選の調合で独自の香り『香蕨(かわら)のせせらぎ』を芳し、ストレス解消 & リラックス効果で長旅の疲れを癒してくれた。さらに、能登のランプの宿の温泉に夕日を眺めながらどっぷり遣って疲れを取り、夜は能登ブリ、釜茹ズワイガニに舌鼓、能登で取れる海の幸を満喫し、安宅の関守役“富樫左衛門秦家”と羽目を外して酒盛りした。
ちなみに、その後の関守 富樫らは弁慶らと酒盛りしたことが頼朝にバレ、能登追放された。
その後、義経を追うように奥州平泉入りし、義経らの仲間となり共に戦ったとされる。
話を耳かきのスペシャリスト蕨に戻すが、彼女はもう一つの特技と名がある。
別名「繭子」
彼女は自ら蚕を育て繭玉を作る。
蚕が糸を吐き、身を包んでわが身を守る蛹姿をマジマジと見て、にんまり笑う。
義経「ちょっと、怖いんですけど…」と思われるにんまり顔だった。
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機密文書

2010-05-23 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
壇ノ浦の合戦後、頼朝の命で武蔵 河越の重頼は娘 郷は義経のもとに嫁いだが、合戦後に平家の嫁をもらっている。そのことが義経に[謀反の疑い]を掛けられることになる。
そして、謀反者 義経の舅 河越 重頼は親戚であるという理由で誅殺された。
義経「だって、くれるって言うもん、もらっちゃったよ~」と弁慶に言い訳していた。
朝廷 平家の目論見を知らず、婚姻成就で平家と親戚関係を築いた。それが一因で、
頼朝「平家の嫁をもらうっちゃ何事よ!平家跡目相続継承したな!」とあらぬ疑いを掛けられ、追放される。郷の父上 河越 重頼はただ兄弟のイザコザに巻き込まれただけだった。
その後、頼朝は『謀反者 義経、暗殺計画』を企て、何人もの刺客を京に送り、義経の首を狙ったが、義経の周りには有能で強い家臣が多く、さらに、奥州藤原家から義経の護衛をするために派遣された影武者もいた。そのおかげで義経は幾度となく危機を免れている。
さらに、義経は幼少期、紫頭巾?鞍馬天狗(鬼一法眼)の下で剣術[京八流]を学び、先に登場した皆鶴姫に盗んでもらった[兵法]でお勉強していたので、相手の動きの一手先を読み、奇抜なアイデア発想で八艘飛び、相手の裏をかき心惑わせ、相手を翻弄する裏読み戦略で幾度となく頼朝の追っ手を煙(けむ)に巻き、出任せのデマを弁の立つ弁慶が流して逃げ遂(お)せた。しかし、長所と短所は紙一重だった。戦略家ではあるものの人望が厚く信頼も高いが、逆にそこを狙われることになる。
朝廷 平家側からその実力を買われた義経は、平家跡目相続 及び 朝廷義経囲い込み話を持ちかけられた。朝廷側は、第二の吉備真備(きびのまきび)誕生を目論んでいたのだ。吉備 真備とは奈良時代の遣唐使、義経が盗んだ「兵法」と吉備団子?の「機密文書」を日本に伝えたとされ、彼は幾度となくそれら技術 能力で朝廷に対する謀反を制圧し、国の危機も回避している。天皇の側近として政を行っていた人物なのだ。その役を義経に任せたいと申し出があった。しかし、そんな目論見をあっさり棄却した義経。
そこで朝廷 平家側が考えたのが、平家の嫁を義経に送り込むことだった。それこそ隠密(スパイ)である。壇ノ浦合戦後、捕らえられた平家一門の平 時忠の娘 蕨姫は、義経と和議協定を締結させたい!と申し入れとともに輿入れした。
彼女の命は、壇ノ浦の合戦後のゴタゴタで源氏に押収された朝廷内部の[機密文書]奪還である。その機密文書は、朝廷役職名 蔵人頭(くろうど)が代々管理し外部に漏れることはなかったが、朝廷とつながる平家が敗れたことにより機密文書が義経に渡ってしまったのだ。元は天皇側 平家一門の時忠は、娘に機密文書奪還を命じた。
一方、そんな機密文書に興味ない義経は、封をしたまま中身を見ていないとされる。
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負の連鎖

2010-05-22 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
生まれてくる子が「男子なら海に投げ入れよ」とは、なんとむごい命令でしょう…。
繰り返しされる哀しみの連鎖を断ち切れずにいる悔しさを舞いで表現した静だった。
もちろん、その舞に激怒する頼朝は、その場で静を切り捨てようとしたが、
政子「私も同じ立場なら、静のように歌うでしょう。女とはそういうものなのです」
と頼朝を嗜め、刀を納めさせた。
政子は、北条家一族 身内の反対を押し切り、駆け落ちし頼朝について来た女性である。静の芯の強さと一途さを共感していたのではないだろうか。白拍子 静の舞にいたく感動したとされる。頼朝は情に欠ける所があった。政子はそれを補うよう情に深い女性なのである。
少々、情に深過ぎ嫉妬深く、鬱憤晴らしに妾らにものすごく辛く当たる所が玉に瑕(きず)である。
静は出産まで鎌倉で庇護され、無事に男子出産。しかし、誕生した子は頼朝の家臣に取り上げられ、静が泣き叫び許しを請うも聞かず、政子が説得するも叶わず、子を海に投げ入れ殺された。母 静の目の前で子は海への中へと消えていった。
“流罪人の子は流罪人として”
しかし、生まれくる子に何の罪があったのだろうか。哀しみに暮れる静は、御髪をおろし尼となった。わが子の供養に念仏を唱える日々を送っていたが、頼朝の拘束を解かれた後の[消息は不明]である。わが子を追って入水自殺したとも風説が流れた。
奥州入りして間もなく、そんな静の噂が義経の耳に届いた。
義経「…く…うぅ…」と、嗚咽をもらした男泣きである。
弁慶の子であるという疑いのある無実の子だった。なんとむごい兄 頼朝であろうか。
しかし、やるか やられるかの戦乱の世、疑いあるものは殺すという頼朝だった。
頼朝は、平均より身長が一寸(ちょっと)足りない義経の[兵法]とその[人望と信頼]が子に受け継がれ兵を集め、自分の敵となることを恐れた。ただのでっかい図体の小心者だ。ここで一寸(ちょっと)小さいめ義経の息のかかった者たちを根絶やしにしたかったのだ。頼朝が鬼名(おにな)だけに…。
※ここらで“ピン”と勘の働いた読者がおられるのでは?そう、平安鎌倉絵巻 御伽噺です。
兄弟で殺し合い、兄弟の子が親の敵を討つと親の兄弟を打ち、家臣反逆で誅殺するという時代である。しかし、どこかで断ち切らないと繋がり続ける[負の連鎖]。
実は、天然オープンマインドな郷御前も、父 河越 重頼は頼朝に殺されたのだ。義経のもとに嫁いで一年目 郷17歳の時だった。
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