ニューズファクトリー日記

プレスリリースを1000本書いたPRプランナーが、リリース作成のノウハウを紹介します。

広報スタッフとしての仕事が始まった(1)

2009-09-28 23:00:00 | キャリア
会社研修を通してわかったのは、Applied Materialsという会社が、猛烈なスピードで成長 = 拡大している、ということでした。

また、入社後、改めて上司となる社長室長と課長代理のお二人と話をして感じたのは、教えられるのを待っているのではなく、自分からやること、でした。

実際、広報課に配属になっても、広報の基礎とか、プレスリリースの書き方とか、そのような広報PR業務に関する研修や指導は一切ありません。

その代わり、自己紹介を兼ねてメディアとお会いする日が続きました。
編集長はじめ担当記者の方、広告営業の方と話すにしても、専門用語がわかりません。

僕の最初の1ヵ月は半導体製造工程と装置の勉強に費やしました。
成田の工場には業界の最先端を行く装置メーカーのプロがたくさんいたので、工場に行く機会を利用しては、話を聞いてまわりました。

これがのちのち、いろいろな意味で役に立ってきます。

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広報PRの仕事を始めるきっかけ(5)

2009-09-24 23:00:00 | キャリア
ヤマハからApplied Materials Japanに転職するまで、2ヵ月かかりました。
これは引き継ぐ相手がいなかったからです。

さて、その年の4月から東京・新宿で社長室広報課のスタッフとしてのキャリアが始まりました。

浜松に行く前に住んでいた三鷹に引っ越したので、西新宿の事務所まで1時間かかりません。しかし、車通勤に慣れていた僕にとって、久しぶりの朝の電車には苦労しました。

Appliedの当時の広報課は、課長代理(上司です)と情勢スタッフが2名の3名で、そこに僕が加わりました。自己紹介や入社後の手続きなどをした後、最初の2週間は、広報業務の研修ではなく、人事部の中途入社研修を受けました。

Appliedは成田市に工場があります。研修を受けるため、何度もスカイライナーに乗り、タクシーで工場に通いました。

これがけっこう新鮮な驚きでした。スカイライナーに乗るのは、非日常的なものでもあり、新しい生活が始まった感じがしました。

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広報PRの仕事を始めるきっかけ(4)

2009-09-23 20:00:00 | キャリア
出張中で更新が少し遅れています。

さて、社長室長の面接も合格し、いよいよ社長面接(社長室長同席というプレッシャーの中)です。

いきなり「君はここで何ができるのかな?」と質問されました。
強烈でした。その後の面接の内容はよく覚えていません。

社長面接も月曜だったので、夕方の新幹線ではビールをたくさん飲んだのですが、あまり酔わなかったです。

そして翌週。封書が届きました。

結果は合格!

出社予定など、詳細打ち合わせをしたいとありました。

面接を始めて1ヵ月。
浜松〜東京という地理的条件を考えると、けっこう順調に進んだと思います。

その後が大変でした。
ヤマハ入社わずか1年で途中入社の社員=いわゆる即戦力と期待された、が辞表を出したので、いろいろとあったようです。総務部長が退社の理由について個人面談したいといってきたくらいです。

しかし、行動あるのみと信じていた当時の僕には、周囲の同僚や上司のことなど考える余裕もなかったと思います。
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広報PRの仕事を始めるきっかけ(3)

2009-09-22 23:00:00 | キャリア
2度目の出張から帰国したのが、11月。
広報PRの仕事を始めたいという気持ちが日ごとに強くなりました。
そうなったら行動あるのみです。

毎週日曜は、駅のキオスクで朝日と日経を購入して、求人広告を調べるのが新しい日課となりました。

広報職を募集している企業はあるのですが、経験者のみの募集がほとんどです。
そうやって調べ始めて1ヵ月経ったころ、米国の半導体製造装置メーカーApplied Materialsの日本法人が広報担当者を募集していました。しかも、未経験者可です。

早速履歴書を送ると、面接日の通知が来ました。
当時のヤマハ本社は日曜・月曜休みだったのが幸いして、月曜に上京しました。
西新宿の第一生命ビルにあった本社で、広報マネージャーの面接を受け、筆記試験(小論文)を行いました。

びっくりしたのは、往復の交通費がでたことです。

さて、浜松に戻って1週間後、今度は社長室長との面接が決まりました。
社長室長との面接に合格すれば、次は社長面接です。
期待と同時に緊張してきました。



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広報PRの仕事を始めるきっかけ(2)

2009-09-21 23:00:00 | キャリア
最初の海外出張の話です。
お笑いみたいですが、本当の話です。

今でもそうでしょうが、当時(今から20年ほど前)のヤマハは、地方のメーカーにしては非常に多くの社員が海外出張していました。そのためスーツケースは総務に行って借りるものでした。

海外出張が初めてだった僕は、寮からスーツ姿ででかけ、その格好で10時間サンフランシスコまで狭いエコノミー席で身動きもせず、一睡もできずにいたことを覚えています。

席の隣の外国人と言葉を交わすようになったのですが、アメリカの食べ物で好きなものあるか?とたずねられて、マクドナルドが好きです、と何度言っても通じません。

実は、McDonald'sと言っているつもりが、彼らにはMcDonnellと聞こえていたようです。これは、McDonnell Douglasという航空機メーカーですが、「この日本人はマクダネル・ダグラスが好きだなんて変なやつだ」と思われていたでしょう。

さて、最初に訪問したサンノゼの顧客(半導体メーカー)では、社長以下多くの方と打ち合わせをしました。その中でPRマネージャーや販売企画マネージャなど広報PR・広告宣伝に携わる方と、たくさん出会いました。しかも全員女性です。

今まで、広報PRといったらTIでもヤマハでもおじさんでした。
ところが、彼女たちによれば、ここシリコンバレーでは広報PRは女性の仕事だ、というのです。

最近では、日本企業も女性が広報PRの仕事を担当するようになりましたが、当時の僕にとっては本当に新鮮な驚きでした。


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