原発事故被害救済訴訟の現状と課題(2018年1月15日法学館憲法研究所今週の一言)

2018-01-16 09:39:30 | 桜ヶ丘9条の会
原発事故被害救済訴訟の現状と課題
2018年1月15日(法学館法学研究所)

1 損害賠償と原状回復を求める訴訟の結審・判決の動向
 福島原発事故をめぐる損害賠償や原状回復を求める裁判は、2017年は、前橋判決(3月17日)、千葉判決(9月22日)、そして福島地裁における「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の判決(10月10日)と続きました。それぞれの到達点は以下のとおりです。

前橋判決(3月17日判決)
 前橋地裁に提訴をした群馬訴訟では、45世帯137人(強制避難25世帯76人、区域外(自主的)避難20世帯61人)が国・東京電力に対して1人あたり一律1000万円の慰謝料を求めました。
先陣を切った前橋判決のポイントは、まず何より最大の争点であった津波の予見可能性、すなわち国・東京電力の「想定外の巨大津波であり予見できなかった」という天災論を退けて、事故の責任を認めた点にあります。東京電力については津波対策において、「常に安全側に立った対策をとるという方針を堅持しなければならないのに、 経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむを得ない」「被告東電には、本件事故の発生に関し、特に非難するに値する事実が存する」と、厳しく責任を断罪しました。また、国については「被告国は、原子力の平和利用を主導的に推進する立場にあるものとして、予想される被侵害法益の重要性及び広汎性に鑑み、規制権限を適時かつ適切に行使して原子力災害の発生を未然に防止することが強く期待されていたにもかかわらず、本件原発の脆弱性を認識し、本件原発の敷地地盤面を優に超え、非常用配電盤を被水させる具体的危険性を有する津波の到来を予見可能な状況となり、さらに、被告東電による自発的な対応等を期待できない状況に至っても規制権限の行使を怠り続けた」として、規制権限の不行使も断罪しました。
 他方、損害認定については、文部科学省原子力損害賠償紛争審査会が示した賠償についての基準である中間指針に合理性を認め、被害救済の範囲は限定的なものに留まっています。

千葉判決(9月22日判決)
 千葉訴訟では、18世帯、47名(強制避難15世帯38名、区域外(自主的)避難2世帯5名、その他千葉県内1世帯4名)が、ふるさと喪失慰謝料2000万円と避難慰謝料月額50万円の共通損害に加えて、個別損害も請求していました。
 千葉判決では、国・東京電力の津波の予見可能性については前橋判決と同様に、「敷地の高さを超える津波到来の予見は可能であった。」としましたが、結果回避義務については「規制行政庁や原子力事業者が投資できる資金や人材等は有限であり、際限なく想定し得るリスクの全てに資源を費やすことは現実には不可能である以上、予見可能性の程度が上記の程度(専門研究者間で正当な見解として通説的見解といえるまで確立した知見)、ほどに高いものでないのであれば、当該知見を踏まえた今後の結果回避措置の内容、時期等については、規制行政庁の専門的判断に委ねられるというべきである。」と、経済性を考慮して、知見の確立と高い精度の予測がない限り、国も東京電力も必ずしも対策を義務づけられないとしました。
他方、損害認定については、日常生活阻害(避難)慰謝料については、原告の個別事情を考慮して最高で月額18万円を認めました。また、帰還が困難な原告について、個別事情を考慮してふるさと喪失慰謝料として最高1000万円(中間指針の700万円を含む。)を認めました。

「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の判決(10月10日判決)
 上述のように前橋判決と千葉判決で判決の判断が割れたため、福島地裁の判断する「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(以下、「生業訴訟」)での判断が注目されることとなりました。
 生業訴訟は、現地福島の訴訟で、原告数は約3800名と原発事故をめぐる最大の訴訟です。この訴訟では、事故時の居住地における線量の原状回復と原状回復がなされるまで一律月額5万円の慰謝料(避難者及び滞在者)等の請求がなされました。
 福島地裁は、津波の予見可能性の根拠となる文部科学省地震調査研究推進本部の2002年「長期評価」は、「規制権限が付与された趣旨、目的や規制権限の性質等に照らし、規制権限の行使を義務づける程度に客観的かつ合理的な根拠を有する科学的知見」であるとして、これに基づき敷地の高さを超える津波の予見可能性を認めました。そしてこれを原子炉稼働の前提となる技術基準上の要件とし、事故前から知られていた知見である建屋の水密化等の対策を講じていれば事故は回避できた。」と判断し、あらためて国及び東京電力の責任を断罪しました。
 さらに、損害については、自主的避難等対象区域の住民に一律に16万円、また中間指針によって賠償対象とされてこなかった白河市などの県南地域の住民にも一律10万円の慰謝料を認め、被害者の請求を全面的に認める判断をし、個別救済にとどまらない被害者全体救済への道を拓きました。

3つの地裁判決の到達点と課題  
 最大の争点とされてきた、「敷地高さを超える津波の襲来の予見可能性」については、3つの判決全てにおいて、国・東京電力の責任逃れの弁明は退けられました。
 他方、予見可能性を前提とする結果回避義務として防護措置が義務づけられるかについては、千葉地裁のみが「投資できる資金や人材等は有限」という根拠で否定したものの、前橋・福島地裁は、結果回避義務を肯定しました。千葉地裁の判決は、甚大な被害を及ぼし、万が一にも事故を起こしてはならない原発の規制において、国民の生命や生活よりも、事業者の経済的・工学的判断を優先させる価値判断をしたもので、到底受け入れられるものではありません。今後の訴訟では、国の責任についての生業判決の到達点をより確実なものとしていくことが求められます。
 また、結果回避可能性も、前橋・福島地裁は肯定しましたが千葉地裁は、回避できなかった可能性があるとして疑問を提示しています。前橋・福島地裁は建屋内への浸水を防ぐ水密化対策の有効性を認めていますが、千葉地裁はこれを否定しており、この点をどのように乗り越えるかが今後の課題となります。
 損害認定については、被害者の類型の差(強制避難者、区域外避難者、滞在者)、原告数の差(少数か多数か)、立証方法の差(個別立証か、代表立証か)によって判断が区々に分かれていますが、全体として被害の実態に見合う水準には遠く及ばないものとなっています。

2「責任を踏まえた被害救済」を求める訴訟から「原発被害の根絶」への展望
今後、2018年3月に判決を集中して迎える裁判の結審・判決として、京都地裁訴訟(3月15日判決)、福島地裁いわき支部の強制的避難者訴訟(3月22日判決)、東京地裁の首都圏訴訟(3月16日判決)があり、原発被害者訴訟は2つ目の山場を迎えます。また、群馬訴訟、千葉訴訟は東京高裁、生業訴訟は仙台高裁へと、控訴審へ闘いの場が移ります。
 ここで、公害闘争の教訓から、あらためて原発事故の国の責任を問う意味を考えたいと思います。
 第1に公害闘争に伝わる言葉として、「被害に始まり被害に終わる」という言葉があります。これは、公害被害、すなわち、「大規模事業活動による広範な環境破壊によってもたらされる深刻な被害」を直視することが出発点であり、かつその被害を救済し、被害を根絶することが最終目標であるということです。
 第2に、「被害と加害の構造を明らかにする」という言葉です。これは、公害被害は、大規模産業活動に伴う加害行為によってもたらされており、その加害行為の悪質性を明らかにすることによって、被害の救済も実質化され、将来の被害の根絶も展望できるということです。
 生業訴訟では、公害闘争の戦いの歴史を引継ぎ、「あやまれ、つぐなえ、なくせ原発被害」を掲げ、以下の謝罪、賠償、再発防止を求めています。
 (1) 二度と原発事故の惨禍を繰り返すことのないよう、事故惹起についての責任を自ら認め謝罪すること。(2) 中間指針等が最低限の賠償を認めたものにすぎないという原点に立ち、中間指針等に基づく賠償を見直し、強制避難、区域外(自主的)避難、滞在者など全ての被害者に対して、被害の実態に応じた十分な賠償を行うこと。(3) 被害者の生活・生業の再建、地域環境の回復及び健康被害の発生を防ぐ施策のすみやかな具体化と実施をすること。
 金銭による損害賠償では回復することができない被害をもたらす原発の稼働の停止と廃炉。回復不能な被害がもたらされることを目の当たりにして、福島県内全基廃炉は、福島県民の総意とされています。原発被害者訴訟では国の責任を明らかにすることで、これを日本全体に広げていきたいと思います。

◆川岸卓哉(かわぎし たくや)さんのプロフィール

1985年、神奈川県川崎市生まれ。
2011年弁護士登録(神奈川弁護士会)川崎合同法律事務所 弁護士。
「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発事故被害弁護団に所属。
 NPO法人原発ゼロ市民共同かわさき発電所 理事長。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿