サバイバーがメールにて配信した内容をブログ上に公開することはカニ夫が決めたことですが、最近、複雑な思いがあります。
あのときの判断・決断は良かったのか。
サバイバーが元気な時は考える余地もなかったことですが、読み直すと辛く感じることがあります。
カニ夫がその時に思っていた感情と違う感情が読み取れます。
今だから思うと言われればそうですが・・・。
治療の開始時は、サバイバーと良く話をしました。話というと聞こえはいいですが内容は「論争」でした。
医師の治療に対する考え方は、12年間病院に勤務していた医療職としては理解できます。でも、患者となって、それも5年生存率が絶望に近い数値だったサバイバーにとっては理解しがたい面が数多くありました。
その考え方の違いについて夫婦という立場でお互いを理解する必要があったのです。
サバイバーにとってカニ夫は夫と言うよりも医師の代弁者と思えたので腹の立つことも多かったのではないでしょうか。
「カニ夫」という名前もサバイバーにとって支え合う夫婦というよりも、治療を円滑に効率よく進めて少しでも長く生きて欲しいという思いが強かったため、「サバ夫」というよりも相応しいだろうと思い決めたものです。
でも、サバイバーはもっと夫としての愛情を直に感じたかったのだと思います。
これからも、サバイバーの思いを反復して懺悔の気持ちを忘れないように、サバイバーが作りたかった家庭が実現できるようにがんばります。
ただ、サバイバーの映っているビデオはまだ見ることは出来ません。
今も生きているという思いが強いので・・・。