京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

永年在職議員表彰(在職30年)    7月18日  

2017年07月24日 | 日記
●7月18日(火)

    <永年在職議員表彰(在職30年)表彰されました>

 京都市会本会議での議決をへて、京都市会永年在職議員表彰(在職30年)を寺田議長から授与されました。
みなさんに心より、御礼申し上げます。

 以下の文章は、謝辞を述べるべく準備していた文章ですが、それなりに緊張して、ちょっと頭が真っ白になって、読みあげることなく、思いを述べたのでした。いずれ議事録もでますのでその時にはまた掲載したいと思います。
 
 以下は、準備していた文章です。
ーーーただいまは、伝統ある京都市会本会議の議決により、議員在職30年の表彰を賜り、見に余る光栄に存じます。厚く御礼を申し上げます。
思いもかけず遠くまで来たものです。
顧みますと、3度目の挑戦で市民に開かれた市政!をモットーに、初当選させていただいたのは、昭和62年、1987年でした。
 今川市政の末期で、古都税紛争で京都市政は停滞していた時でありました。
 昭和が終わり、平成の時代になり、以来、平成の時代を駆け抜けてきたことになります。
 平成元年に田辺市政が誕生します。医者出身の田辺市長は「健康都市づくり」を掲げ、建都1200年事業や工事費の暴騰問題が大問題になりましたが地下鉄東西線の開通に尽力されました。大見総合公園計画、大文字山やポンポン山のゴルフ場計画、一条山開発、街中でのマンション建設による紛争、京都ホテルの改築など環境とまちづくりで議論が起こり、また同和行政で庁内は疲弊していた時でもありました。
 
 田辺市長は体調不良で辞任され、平成8年桝本市政が発足します。「元気都市構想」を打ち出し、COP3の開催と20世紀から21世紀のカウントダウンのイベント、特に印象に残っているのは、家庭ごみの有料化、50年100年後の京都まちの品格を上げる新景観条例の制定であります。同時に相次ぐ職員の不祥事問題の解決の取り組みや同和行政終結に向けての取り組みが始まります。
 
 平成20年に門川市政が誕生、リーマンショックによる地方自治体の財政が危機的な状況の中で「共汗」「融合」をキーワードに奮闘され、東日本大震災、また2013年に大きな被害もたらした台風18号の教訓などから、安心・安全なまちづくりに取り組まれました。そして「歩くまち京都」の実現やロームシアタ―京都のオープン、文化庁の移転決定など前進したのは、ご存じのとおりであります。
 
 この30年の京都市政の変遷をたどりました。第81代副議長を拝命いたしたこと、繰り上げ当選をさせていただいたこともわすれることができません。
 
 また多くの市民の皆さんと出会い、学びました。感謝申し上げます。またいづれの問題の解決や条例の制定などにおいて、幹部職員をはじめ多くの市職員の皆さんと議論をし、また会派を越えて同僚、先輩議員のみなさん、と議論をしながら、政策の実現をできてきたこともあります。京都市会の活発な議論と、予算や条例などの議決が、市民生活の向上やまちづくり、京都市政を発展させてきたと思います。この一翼に参加できてきたことを誇りに思います。
 
 また私は、この間、市会改革の取り組みについても諸先輩同僚議員らと共に進めてきました。京都市会基本条例を制定することもできました。インターネットの普及もありますが、京都市会は大きく変わったのを実感します。
 市民に信頼される、身近な議会をこれからもみなさんと共に進めたいと思います。

 これから、人口減少時代を迎え、子どもたちや子育て世代をどう応援するのか、また団塊の世代が75歳を迎える2025年問題にどう立ち向かうのか、これらの課題について京都市会としても議論を重ねなればなりません。
 
 初心を忘れることなく、生涯現役の気概を持ってこれからもみなさんとともに共に京都市政の発展と市民生活の向上に向けて頑張る所存であります。
 みなさんの一層のご指導とご鞭撻を賜りことを心からお願い申し上げて、お礼のご挨拶とさせていただきます。
 本日は誠にありがとうございました。

この日の本会議は、ぼくのあいさつの後、水防組合の委員の選出などして終了。
 議長室でその後写真撮影などで右往左往。
 
 ご支援いただいたみなさんに心より御礼申し上げます。感慨無量です。  

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