フッフッフの話

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敬老の日

2016-09-19 11:46:58 | 日常雑感

 敬老の日には、各地で敬老会の行事がある。我が地区でも開催されている。

出席する年寄りが、千円の弁当代を出す。社協からの補助もあると思う。

弁当を食べながら、公民館などで活躍する人達の演芸を楽しむ行事である。

あまり意味がないので、中止してもよい行事の一つと思っている。

佐藤愛子氏の「90歳 何がめでたい!」と題するエッセイが店頭に並んでいる。

佐藤さんらしい辛口のエッセイ集で、面白く時には同感しながら読める。

「最近の若者は、・・・・・。」と嫌みを言っている年寄も、

若者から眺めたらさらに嫌みを言いたくなる存在であろう。

敬老の日とは、更に敬われる年寄になろうとの心構えをする日と言い続けている。

「介護保険料を沢山支払っているので、使わなければ損である」とか、

「高齢者健康保険は1割負担だから、使わなければ・・・」とか、

「原爆手帳を持っているのだから、・・・」とか言っている年寄では、尊敬されないだろう。

75歳を過ぎた頃から、大きな束縛が取れ、緩やかな気分になれる時が多くなった。

何か転機になるような事が起こったわけではない。

あるとすれば、心と身体の自由が損なわれたことであろう。

溝が飛び越えられない、体のバランスを立て直すのに時間がかかる、重い物が持てない、

物忘れがある、言葉がポンポン出てこない、新しいことに挑戦しなくなる等々挙げればきりがない。

 出来ないことを認めると同時に、意地張ら無いので、重石が取れた。

日々起こる大小の別れも、素直に受け取ることが出来る。

 

 

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