
【 38 -8-】
思いも掛けないある方からの突然の頂いた鑑賞券(ありがとうございました、昨日、見てきました)。プロレタリア文学の代表作とされている小林多喜二の原作「蟹工船」、大昔、労働組合の先輩に無理矢理貸し付けられて読まされたがそのこと自体を覚えていないからまともに読まなかったのだろう、いや、お馬鹿だったからか、または根気が足らなかったからかで読めなかったのかも知れない。
最近、若い人に読まれていると話題で、だからようやく読んだのが約1年前、それ以来、何度か読み返してみた。
これといった感想はなく、「そんな時代だったんだ」と歴史認識を深めた点と、そして労働組合幹部として運動論に厚みを増した点、という風にテキスト的に読んでしまった本だ。
だから、今の時代に、若い人たちがどう感じているのかにはもの凄く興味はある。
カムチャッカ沖。蟹を缶詰に加工する蟹工船・博光丸の船内では、出稼ぎ労働者たちが安い賃金で過酷な労働を強いられていた。少しでも手を抜くと監督・浅川の容赦のない暴力に晒されてしまう。労働者たちは仲間の1人・新庄の言葉に従って自殺しようとするも、結局死ぬことすらできなかった。そんなある日、新庄と塩田は漁の最中に博光丸とはぐれてしまう。そして冬の海で寒さに凍える彼らを助けたのは、ロシアの船だった……。
この映画で、あの「蟹工船」がどんな風に描かれるのか、「若い人の感じ方は?」ということに非常に興味があったのだが、しかし、臭いまでしそうなほどに文字で描写されていた風景を映像では見たくはない(目を逸らしたい)、時代設定を無視して「時代の変化に即した“現代の蟹工船”を作り上げ」たという描き方に馴染めるのかな?という不安を感じていた。

SF世界のように描かれた蟹工船の船内、蟹缶工場や労働者の蛸壺の美術が素晴らしく舞台の作品さながらで、むちゃくちゃ違和感があるんだが違和感がありすぎて逆に引き込まれた。
若い俳優たち、松田龍平・西島秀俊・高良健吾・新井浩文・柄本時生らをやはり舞台さながらの狂気的な過剰な演技をさせて、ここでも強烈な違和感過ぎたことが引き込まれた要素かも。
エンターテイメントとして見るのなら面白い作品だったかも。。。。。

しかし原作の思想を生かそうと努力は感じるが、どうも「人ごと」だと感じるような作り方・描き方で、どうも傍観者的な作品になっている。
本来、賃金労働者階級、無産者階級を組織化するため、社会主義・共産主義的思想の教育宣伝的要素が強いのがプロレタリア文学で、その代表作を映画化するのだから、こういう作り方でほんとうに良かったのだろうか。
それとも現代の、プレカリアート(新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々)といわれる「新しい波」の人たちの感覚というのはこういうふうなものなのだろうか、しょせん「人ごと」。
「これじゃあ今の若い人たちも俺らの世代とおんなじやん」と感じていたが、監督の経歴を見たら、俺より一つ年上だった。
だから、こんな描き方になるのか、ってそれじゃあ駄目やん。
「文句言って何もしない人、だめね。考える。考える。考える。
考えると何するか見える。今することが見える。」
「間違っていた。代表者なんか決めなければよかった。
俺たちは全員が代表者なんだ。」











追伸:サーフボードやLPレコード数枚、現会社CEOの従兄弟に十代の頃持ち出され
又貸し紛失もされているので刑法36、37、39で謳ってるようにしてやりたい。
撮りたいと思って撮ってくれたわけではないのですか。
そうなんですか。。。
ましてやゲームって。。。(T∇T)アハハ・・・(|||_ _)ハハ・・・
しかし、ここまで酷く描く作品は観たことありません。
私は若いときに原作を読んだ記憶ありますが昨年の蟹工船ブームになっていたので再読しました。1953年山村惣監督の蟹工船も観ました。
リアルでおっさん臭いほど演技が光る重圧感と虐げられた労働者たちが起ちあがるシーンは感動そのものです。
新作ではどうかというと時代無視、どこか懐かしい昭和30年代の日本の面陰を散らす。船内の糞壷はまるで大きな蜂の巣みたい。天井剥がしたようにかなりある配管。作業場にはコンベアを動かす大きい歯車があります。まさにSABU監督らしい演出です。だがお話は原作と違い、飽きれるほど貧乏自慢話や集団自殺?これって誰に観せているのかわかりません。
さすがに途中で帰ると思いました。まあ。最後まで観るのが礼儀でしょう。
前編ではこんな感じで進み、後編にあたりかな?小林多喜二の原作が息吹き返してくるが、行く不明になった二人の漁夫がロシアで救助され、ロシア人たちが踊っている船内で怪しげな中国人が話かけてくる。この台詞は謎説きのようにへんな日本語で説得する場面であるが、笑いさせるところでしょうが私はイライラしてまったわい。戻ってきた二人の漁夫。そのうちのリーダーの漁夫は労働者たちを団結させ、ストライキ突入。要求書を持って浅川監督に渡すのだが、その翌日。駆逐艦の水兵たちに包囲させる?じゃない。
宇宙船のような将軍と一人の水兵でした。突然、浅川監督がリーダーの漁夫の背中にピストルで打ったれてしまう。リーダーの漁夫が叫ぶ。ロシア人や日本人なんて関係ない。みんな、同じ歯車じゃないかと云って死んでいくリーダーの漁夫の役松田龍平くんの演技は素晴らしいかったと思います。
そして、SABU監督も感動したという、彼等は起ち上がった、もう一度というストーリです。だから、前編の方で作業場シーンに労働者の表情のアップ、全体の繰り返しの演出すること。同じアングルではあまりよくない。
蜂の巣のような糞壷シーンも同じアングル。映画なのに舞台を観ている感じ
です。役者の台詞が聞き取りにくいところが多い。映画監督は最低劇作家シェークスピアを読むべし。
蟹工船は優れたプロレタリアート文学であり
弱い立場の視点で描いたものです。
映画監督選び方が間違ったのでしょう。
文学的知識を持った職人の映画監督ならば
しっかりした蟹工船の映画になったかもしれません。
SABU監督のようなポップアート表現主義は悪く思わないがかえて自己意識が強くなりがち、これはオリジナル作品だったら良いでしょう。
蟹工船は文学性の高いものであるから、
映画製作担当者は真剣に考える必要ではないでしょうか。