皿尾城の空の下

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聖天様をいぶりだして

2017-05-15 20:03:18 | 神社と歴史
昨日の日曜日に熊谷に住む姉が、母の日のプレゼントを渡しに実家である我が家に帰ってきました。お土産に妻沼の聖天寿司を持って来てくれました。聖天様と言えば、昨年国宝にしてされ熊谷の史跡として大変有名ですね。お寿司も美味しくいただきましたが、あの大きないなり寿司はなかなか独特のものです。
市内北部の須加、熊野神社です。須加の地名の由来は、川州に形成された土地にあります。御祭神は家都御子神、即ちスサノオノミコトとされます。また、熊野夫須美命(イザナミ)速玉男命(イザナギ)をあわせて熊野信仰とされます。境内地裏は利根川土手となっており、地名の由来そのものの景色です。また宮司の書による石碑が数多く見られます。地域の信仰を守るため、長い間ご尽力された様子がわかります。社殿東側には石宮の八幡社と道祖神が祭られます。八幡様はお産の神として信仰があり、道祖神は足の神様として足の痛みのある人が、願をかけていくと言われました。私の本務社である久伊豆大雷神社にも、一の鳥居前に道祖神が祭られています。こどもの頃に父や叔母が「足の神様」と言って拝んでいたことを覚えていています。何故足の神様と言うのか分かりませんでした。古くは参拝者は信仰心から遠路はるばる歩いて各地の神社を巡ったことでしょう。脚を痛めてはお参りすることも困難なことから、本宮の回りに道祖神が足の神様として祭られたことは、容易に想像できます。
埼玉の神社によれば、古くは神社境内地に聖天様があり、縁結びのご利益があるとされ大いに賑わったそうです。そのために熊野神社の信仰が薄くなり、氏子が聖天様を追放しようと考え、松葉いぶしかけたと言われています。このためやむなく移転したのが今の妻沼の聖天様だと言われています。
今の妻沼の賑わい方を、当時の氏子が見たらどう感じるものかと思ったりもいたします。境内地前に作られた太陽光発電です。
神社の佇まいにはややそぐわないと感じますが、時代の流れには逆らえないことでしょう。
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