皿尾城の空の下

歴史の町行田には忍城のほかに、上杉方の城がありました。

伊豆の旅の意味は

2017-04-04 20:48:45 | 神社と歴史
例年よりも桜の便りが遅い卯月の初め。毎年この時期に家族で旅行に出ています。サービス業故に土日に休めず、春休みと重なるこの時期が計画的に休みが取りやすいからです。昨年は能登の国。そして今年は伊豆の國へ。
熱海まで新幹線で東京から僅か40分。今では高崎線で熱海まで直通で行ける時代です。伊豆の國の一ノ宮、三嶋大社に参拝しました。御祭神は大山祇命、事代主神。御二柱の神を総称して三嶋大明神と称されます。由緒書によれば、創建の時は不明であるが、伊豆の国魂の神として信仰は古く、天武天皇十三年(日本書記)等に記述が見られ延喜式の制度において明神大社に列したとされます。
また中世以降、武士の崇敬極めて厚く、特に源頼朝が伊豆に流された後、雌伏二十年、三嶋大社例大祭の時に平家を討ち旗揚げに成功したことから、武家の崇敬が高まったと言われています。参拝した際には、講社の参拝と重なり、また桜の時期故、バスツアーのコースも相まって本殿前に幾重にも人が集まる状況でした。今回の旅の目的はこのお宮に私自身が参拝する事でした。
私が本務とする皿尾久伊豆大雷神社縁起によれば、当社の由来は文治四年(1188)年忍城成田氏の祖先と思われる成田五郎長景が、平家追討の折三嶋大社に祈願して武功を挙げた事から三嶋大明神を皿尾に勘請したとされています。この縁起は江戸中期の書で、当家に現存します。またこの記述は新編武蔵風土記稿に引用されていることから、郷土史として価値ある記録です。こうしたことから、私自身一日でも早く伊豆の三嶋大社に行きたいと思っていました。念願のかない、自社と並んで御朱印を頂きました。
私が社家に生まれ、神職としての務めを継承し、今日を生きていることに深く感謝し、これからも地域の社を守り礎を次世代に伝えられるよう祈りました。
熱川温泉で見た朝日はまぶしいながらも海はとても穏やかでした。
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