皿尾城の空の下

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菅谷八幡神社

2017-02-13 19:57:51 | 神社と歴史

建久元年:(1190)忍の豪族、鴛三郎が源頼朝の上洛に従い、石清水八幡宮参拝に同行し、後に忍城砦の西方に鬼門避けとして勘請創建されたと伝えられています。(行田市史上巻より)

後に文化15年(1813)頃現在の地に神殿が立てられとされています。石燈籠に年号が記されています。
埼玉の神社によると、遷宮の際、大雨が降り、八幡様は祭りがお嫌いだとして、大正時代まで祭りが行われなかったとされています。
その後戦中に入ると八幡社詣りが盛んとなり、武運を祈る参拝が多くなったとされています。また本殿は御輿大の大きさで、大正期まで本殿屋根、拝殿はなく、現在の社殿は市内和田地区の和田神社から譲り受けたとされています。
持田地区の歴史も古く、条里制水田跡か見られ糯田と表記したことがわかります。持田は村内を上中下に分けていたことが武蔵風土記稿に記されています。この菅谷地区は上地区とされ、隣村小敷田地区との結びつきが強かったようです。小敷田春日神社と祭りの際、互いの総代が招待されていました。
源頼朝が鶴岡八幡宮を勘請し、関東武士が力強く生きた時代。武士勘請の神社が当地にもあったことを今に伝えています。
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