伊藤浩之の春夏秋冬

日本共産党の市会議員です。市政のこと、政治のこと、身近な花や生き物など思いつくままにつづっていきたいと思います。

きょうも見えた彩雲

2016年11月01日 | 日記
 雨で始まった1日。

 午前7時には、サイレンの吹鳴がありました。

 いわき市では、毎月1日を交通事故ゼロの日と位置づけて、サイレンの吹鳴で交通安全を呼びかけています。

 今日は11月1日。今月も交通安全に十分配慮して、安全のうちに過ごしたいものです。

 しかし、光陰矢のごとしといいますが、今年も2ヶ月を残すばかり。齢を重ねるとともに月日の流れが加速度的に早くなるような気がします。

 遠野支所で相談事に関する聞き取りをした後、各派代表者会議と議会の50年史編纂委員会をした後、議員だよりの原稿に取り組みました。

 テーマは昨日のブログに書いた県市議会議長会が主催した研修会の議会改革に関する講演の内容。ブログでは長々と書いたが、議員だよりは字数もだいぶ制限されるので、全くの書き直し。

 夕方までにはおおよそ記事の体裁を整えることができました。

 午後4時過ぎ。窓の外ではだいぶ陽が傾いていました。



 ふと窓際に立って外を見ると、西の空に流れる雲が虹色に染まっていました。彩雲です。高い空の雲が彩られていましたが、その手前を流れる分厚い雲が覆い隠してしまいます。



 そのうちに厚い雲が大勢になると、その手前を流れる雲が彩られるようになりました。







 彩雲を見た方が「いいことがあるかしら」というので、「ほぼ毎日見ていますよ」というとがっかりした様子。でも彩雲は吉兆の報せというから、きっといいことがあるでしょう。

 そういえばきょうコンビニでレギュラーコーヒー等を購入した際にくじを引いたら、あたりくじを引き当てた。これはきょうの彩雲を見る前のことでしたが、昨日午前中に彩雲を見ていますから、この時のつきが当たりくじを引当させたのかもしれません。

 そう、きっといいことがあるでしょう。

 「100万回いきたねこ」。あれ、どんな話だったけ。確認しました。飼い主に愛されながらも、誰も愛することなく生の終わりを迎えながらも何度も生まれ変わったとらねこ。ある時、誰にも束縛されないのらねこに生まれ変わった。そして白猫とわが子を愛する時間を過ごした。白猫が息を引き取った時にその悲しみで泣き続け、やがて涙がつきた時に命がつき、二度と生まれ変わることがなかったという話しだでした。

 愛する幸福を知って生に満足したためなのか、白猫との離別の悲しみに打ちひしがれたためなのか、それとも別の世界で白猫と幸せの時間を過ごしているためなのか。

 生まれ変わることがなかったとらねこの心には何が残ったのか。余韻が心に響いています。 
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