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パンクのわかる英国在住保育士によるモリッシー論

2017-05-13 11:54:12 | 読書ノート
ブレイディみかこ『いまモリッシーを聴くということ』ele-king books, Pヴァイン,
2017.


  英国のロックシンガー、モリッシー論。アルバム評をしながらの論考である。現代英国事情のレポートにもなってはいるが、基本ファン向けだろう。なお僕は高校時代、モリッシー初来日時の名古屋公演を観に行き、ステージに駆け寄って彼の衣服を破ってきたという剛の者である(注:衣服をファンに引きちぎられるのは彼のパフォーマンスの一環だった)。その布きれは今でも大切にしまってある。傍から見れば阿呆かもしれないが、これは自慢だ。また、このブログでも「貧乏無職引きこもりを歌にする耽美なギターポップ」というタイトルで、The Smithsの七つのアルバムの紹介をしている。

  著者のブレイディみかこは、英国在住の日系人保育士で、00年代前半から本場英国からパンクとかニューウェーブ系の音楽記事を自身のブログ1)に挙げていたので、その界隈では有名だった。彼女のブログは、キャメロン政権期の財政緊縮政策がワーキングラスの生活を逼迫させてきたことも伝えており、この点においても最近の日本で注目されるようになった。日本の民進党とは異なった「緊縮財政に反対する"正しい"サヨク」として「経済のわかる人たち」から祭り上げられるようになったのだ。岩波書店やみすず書房から著書もでるようになって、彼女の日本での需要は増している。

  で、モリッシー論である。著者は、1980年代以降の先進国における格差拡大の趨勢の中、「負け組」の心情を一貫して歌にしてきたミュージシャンとして彼を高く評価する。当たり前とはいえ、歌詞が分析の中心で、インタビュー記事や自伝からの情報が少々となっている。音楽的な分析は少なく、彼の音楽的達成ではなく、言葉の面からわかる彼の立ち位置を評価の対象としている。モリッシーだからこれでいいんだろう。個人的には、"Vauxhall and I"(1994)以降はきちんと聴いていなかったこともあって、1990年代半ば以降の話は面白かった。

  本書に触発されてあらためて音を聴いてみたが、1990年代半ばからの音楽的なパワーダウンは否めないな。バンドサウンドになっておらず、カラオケみたいだ。今から聴く人は、1980年代の、The Smiths時代からソロ初期作品だけに接すればよいと思う。The Smiths時代の歌詞なんか、ネットで探せばけっこう邦訳が出てくる。

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1) The Brady Blog http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/
  
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