イキイキと生きる!

「生き甲斐の心理学」の知恵を活かし、イキイキと毎日を生きましょう。私は縄文小説も楽しんでます!

ブルーな朝に・・・(私にとっての吉野 8/10)

2018年01月22日 | 第一章「意識と知覚」

 愛犬が亡くなって10日経った。今朝、愛犬の泣き声が聞こえて目覚め、何となくブルーな気分であった。やっと悲しみという感情が湧いてきたようでもある。U先生の生き甲斐の心理学の一つの実践的な理論にプロセススケールというものがあり、そのうちの一つに湧き上がる感情を意識化でき意味付けできるかということがある。

 亡くなってしばらくして(10日)、夢の中で愛犬の声を聴き、悲しみの感情がやっと意識化できたようだが、それまでは、感情を意識化できず、より不健康な状態にあったのだろう。

 持統天皇にとっての吉野。それは、晩年は夫である故・天武天皇との思い出の地であり、また、唯一の子である故・草壁皇子との思い出の地であったはずだ。ひょっとしたら、喪失の悲しみを思索する場所だったかもしれない。

 悲しみという感情をどのように解釈するか。感情を解釈するとは、ちょっと日本ではお馴染みではないが、U先生の生き甲斐の心理学の中では良く出てくる言葉である。もう二度とこの世では会えない身体、深い別離としての死。絶望感というのかもしれない。その意味は何か?生きる上で明るく解釈すると、どういう意味があるのだろうか?

 先の20日には新宿で勉強会があった。その時にある方と終了後に語り合ったのだが、愛犬が亡くなってから何故か読み始めている旧約聖書の詩篇について、もう少し思索をしたくなったのだ。それが、どんな意味を持っているのか、持統天皇と吉野、私と愛犬、そして詩篇・・・その関係はなんだかよくわからないが(笑)。何故か詩篇をまじめに読みたくなったのだ。

 悲しみはストレス曲線がすべてそうであるように、理想と現実のギャップである。愛犬が今までと同様に生きていてほしいという思いと、厳然たる死のギャップなのだろう。感情の意味を思索するとは何だろうか?憐れむべき自分をより想うことかもしれないし、死の意味をさらに哲学することかもしれない。良くわからないが、どこかに自己を再統合できる到達点があるのだろう。今分かっていることは、それが自死とかではなく、自分の生き方を明るくするもの。もちろん自分の思索だけでなく、何かが必要なのだろう。

 写真は愛犬を模して作ったもらった人形なのだが(昨年の春)、良くできている。

 

私にとっての吉野 8/10

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信じてはじめて見える世界・・・(私にとっての吉野 7/10)

2018年01月21日 | 第一章「意識と知覚」

  会社を辞めて3-4年経つと、会社時代に見えなかったことが見え、会社時代に見えていたことが見えなくなっていく。こんな経験を15年くらい前に経験したが、たしかに世の中には信じて見える世界と見えなくなる世界が存在するようだ。

 端的なのは、信仰の世界で、私は約20年くらい前に、カトリックの信仰を、不思議な経験で深めることができたのだが、その時以来、初めて見えることと見えなくなることをいろいろ経験した。さらに、U先生の心理学を学ぶことで理論的にも、そういった心理現象を学んできた。

 信仰は学問の世界とは全く違うものだと今では思っている。信仰を得るために宗教を学問的に勉強しても、信仰の世界は意外に見えないものである。本屋さんに並んでいる、その信仰を持っていない立派な学者が書いた宗教の本の的が外れていると思うことも多く、他の信仰者に訊いてみると、私と同様にピンとこないと感じる人も多いようだ。信仰の世界と学問の世界は別の世界と最近は思っている。

 壬申の乱を経験した天武天皇や持統天皇。吉野などは、持統天皇にとって特別な意味があったようだが、それは恐らく、信仰というか、何かを信じて見える世界があったからではないか。

 持統天皇が30回以上吉野に行幸したり、天武天皇・持統天皇陵の真東に伊勢神宮があることも、それに関係しているように思う。今となっては持統天皇の信仰が何であったかは長い時間が経ってしまい分からないが、きっと、見えていたものがあったと思う。

私にとっての吉野 7/10

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伝統的な不安の扱い方 (私にとっての吉野 6/10)

2018年01月20日 | 第二章「五感と体感」

 今の世の中でも、占いの人気は凄い。それは、さまざまな将来の不安に対する一つの智慧といってもよいかもしれない(悪徳商法などはべつにして)。

 さて、日本書紀を読むと壬申の乱の時に天武天皇は黒雲が出てきたときに占い、勝利を信じた。さらに伊勢に向かって禊をして天照大神の加護を祈ったのも有名だ。

 私は、学生時代、数理統計などを学んだ身であるが、何かそれを超える不思議な現象というのも否定できないように思う。一作日浅草寺に行ったのだが、愛犬が亡くなったこともあり、何となく不安な中での拝観であった。そして、その本堂で立派なおみくじ台があり、その前で若い女性2人がおみくじをしながら、話していることを何となく聴いてしまった。「浅草寺のおみくじは凶が出るので有名」だそうだ。

 そんなことを聴いて非常に興味を持ち、普段はおみくじなどしない私だが、してしまった。結果は「凶」(別に意識上は望んでいないが、無意識に望んだのだろうか?)。凶の文面を真剣になって読むと確かに凶だが、病気は治るとあったので、少し安心した。凶でも良いことはあるようだ。凶でも解釈のしかたがポイントかもしれない。凶の札は所定の場所に結んだが、それも優しいおまじないのようで安心した。

 「生き甲斐の心理学」だけではないが、日本ではジェンドリンが開発したフォーカシングが有名で良く知られている。なかなか良くできていて不安をうまく扱う方法として知っている人は多い。不安の感情を特定したりすることが重要だが、最悪の場合と最善の場合を思索するプロセスがある。それが占いにちょっと似ている。最悪の状態(まあ凶)でも、この程度かと思うと、安心するところがあるのだ。

 世の中、果てしなく最悪ということはなく、解釈の仕方とらえ方で、安心して暮らせることもできるのだと思う。

私にとっての吉野 6/10

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健全な愛 (私にとっての吉野 5/10)

2018年01月18日 | 第九章「愛」

 昨晩は、旧約聖書の詩篇を読んだ。数千年前の嘆きや祈りは今の世の中でも同じなんだと、不思議な気持ちで読んだ。

 自他肯定(I am OK. You are OK.)で生きることが簡単な世の中であればどれだけ素晴らしいことか。しかし、傲慢(自己肯定・他者否定)や破滅(自己否定・他者否定)が忍び込んでくる世の中は何だろう。そして、それが社会の中枢まで及んできたりする嘆き。

 欧米では、少し昔の話であるが、M・スコット・ペックの「愛と心理療法」(創元社)がベストセラーとなった。それだけ愛の問題が深刻になったのかとも思うが、日本では面白可笑しく、この手の話題は語られることがあっても、M・スコット・ペックのように深く掘り下げて語れる人はごく限られているようだ。

 自他肯定の道。大雑把に言えばそんなことだろうが、それが多分大きくいうと人類の道なのだろうが(大きすぎたか 笑)、なかなか困難な道なのであろう。

 持統天皇が吉野を愛したのは何だろう。そこには満たされた女帝ならではの愛があったように思うが、それは、壬申の乱が終わってからの時代では満たされにくかったのではないか。阿修羅(昨年改修工事中で見られなかった興福寺の阿修羅像をちらっと思い出す)のように戦い続けた持統天皇にとって愛とは何だったか。美化しすぎてはいけない問題もあるように思える。

私にとっての吉野 5/10

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感情の激流を越えて・・・(私にとっての吉野 4/10)

2018年01月16日 | 第二章「五感と体感」

 自分の感情の激流に気が付いたのはいつだろうか。社会人になって4-5年の時だったように思う。営業の仕事で最初は苦労したのだが、製品にも恵まれ仕事が順調に流れ出したころだった。一日、それこそクレーム処理や受注作業など悲喜交々の営業活動の中で自分の感情の激流に気づき、自分は変なのかと驚いたことがあった。あるお客様のところで悲痛な暗い感情を持っていたのに、数分後はにこにこと笑って幸福感を味わっている。これは何だろうかと。

 今となっては、生き甲斐の心理学を勉強したこともあり納得できるのだが、当時は自分が変になったかと心配した。激しい感情の流れを自覚できるときは、実はこころは健全で良い状態といえるのだろう。恐らく感謝の気持ちを胸に(こころの健全性のポイント)、顧客のために尽くしたいという、生き甲斐がはっきりしていたこともあるのだろう(これも健全性のポイント)。

 さて、壬申の乱のころの吉野の生活で持統天皇はどういう感情生活を送っていたのだろう。もちろん生死を賭ける状況下であるので、悲痛な感情に溢れていたのではと推察できるが、天武天皇の妻は持統天皇のみ、皇子も草壁皇子と忍壁皇子だけという少人数であったので、親密なあたたかい雰囲気もあったのではと思う。生き甲斐の心理学の理論を考えると、ロジャースの六条件に溢れた人間関係があり、それ故、天武天皇も持統天皇も自らの感情の激流をとらえ、的確な思考・行動につなげていたと思う。

 吉野を脱失して東国に強行軍で進む時に、良いことも悪いことも起こり感情の激流の中で進んで行ったと思うが、持統天皇は鈴鹿の山中で体調を悪くされたようだ。ストレスはある意味身体症状を越えて限界に向かっていたかもしれない。そんな時に、雷雨となり皆寒さの中で震えたようだが、三重の郡で小屋を焼いて暖をとることができたようだ。その後、吉報が来たりし、天照大神(伊勢神宮)を遥拝した記事もあり、日本書紀を読む限り「感謝」、「神仏」が見え隠れしてくる。死と再生のドラマ、感情の大きな変化などが展開していったのではないだろうか。絶望感、孤立感、混乱感から統御感、親密性などに変化していく。

 「感謝」は倫理道徳面でいわれることが多いが、心理学でも重要な要素であり、ロジャースの有名な理論でも、第一領域(自己構造と経験が重なる領域)が一言でいうと「感謝」であり、こころの健康や成長に重要な意味合いを持つようだ。

 今日は、もう一つ、天武天皇と持統天皇の関係を考えてみたい。両者は政治という面でも補完しあう関係であったことは日本書紀の記述にあり、非常に興味をそそられる。天智天皇ゆずりの緻密な政治力をもつ持統天皇と天武天皇は、お互いにないものがあり良きパートナーだったと思う。男女の仲などで同一性を求めたいのは人情ではあるが、実際はどうだろうか多様性があったほうが良い面も沢山あるように思われる。天皇陵の中で被葬者が特定された珍しい野口王稜(天武天皇・持統天皇陵)には、天武天皇が殯の後で棺に入れられて納められていたが、持統天皇は火葬されて遺骨が銀の骨壺に入れられていた。一つの陵に天皇と皇后が同時に入っている例は他にはないが、さらに異なる葬礼というのは本当に個性的だ。

 さて、男女の関係を論ずるときに、さまざまな側面があるが、人間が身体とこころ(成育史)と魂(宗教や哲学の領域)の3つの要素からできていると考えると、いろいろ整理できる。もちろん、この3つどれも大事である。

私にとっての吉野 3/10

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