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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

朗読、音読を見直すと何かが変わってくる (言葉をめぐって 2/10)

2017-08-26 | 第一章「意識と知覚」

 最近、電車で都心に行きかえりすることが多かったのだが、電車の中が随分静かであることに気づいた(特に通勤時間)。殆どの人がスマホを眺め、打ち込んだりしていて、話す人は昔に比べて明らかに少ないようだ。

 そして、自分自身のことを考えても、電話や直接の面接より、パソコンやスマホを使ってのデジタル的交信が多くなってきてるかなと思う。ところで、私はこの数年、縄文文化を学んでいるのだが、縄文文化は文字がない文化ということが定説なのだが、その文章作成重視の異常さが気になっている。そもそも、現世人類の歴史を20万年とすると、文字が存在したのは6000年前とか8000年前からで、人類の長い歴史からすると、文字によるコミュニケーションなど殆どごく最近のことだ(数パーセント)。言葉を発するのが、声をあげるのが歴史からみると普通のようだ。

 さて、私はこの3年ほど文字の世界にドップリつかって、小説書きをしている。そして、正しい文章を書いたり、判り易く心に残る文章を書きたいと切望している。そのため、一度書いた文章を推敲したり校正したりすることが実に多い。しかし、これが結構辛い。経済的に校正のスペシャリストに頼むこともできず、ひたすらストイックな作業を静かにすることは・・・

 そんな中、最近、地域のサークル活動で朗読の会などが、結構人気であることを知った。そして、調べると脳トレとしても朗読は凄い効果があることも分かった。さらに、この数年間の経験として、読書会などで音読をすると、黙読では味わえない何か(認知)があることに気づいた。先日、ドイツのツェランという詩人の詩にふれたのだが、Youtubeでチェランが朗読している動画にであった。やはり、文章より凄かった。

 実はこのところ、縄文小説の第二バージョンを出そうと、いろいろ校正作業をしていた。そんな中、何気なく気づいたWordの文章読み上げ機能。そして、実際に読み上げ機能をとおして校正をしてみたが、これは予想をはるかに越えて効果があった。単に機械的に書かれた文章を読み上げるだけなのだが(結構抑揚があって、普通の朗読と同じような効果を感じる)、まず、当たり前だが、句読点、「」の不自然さがすぐに分かる。文章とは人間が息をするがごとく、脈を打つがごとく成す技であることに、今更ながら気づいた。また、変な不自然な用語もすぐわかる。これは何でだろうか。恐らく五感・体感と音読が密接につながっていて、違和感が稲妻のように炸裂する。

 言葉は論理の流れだけでなく、感情の流れも伴うものである。このあたりも良くわかる。

言葉をめぐって 2/10

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