三流読書人

毎日の新聞 書物 など主に活字メディアを読んだ感想意見など書いておきたい

ドングリ小屋住人 

『船を編む』

2014年02月25日 11時50分36秒 | 読書
「船を編む」

映画「船を編む」を見る。残念ながらDVD(レンタル240円)であるが良かった。映画館で見ればよかった。松田龍平良い。父親をおそらくすでに超えていると思う。宮崎あおい、渡辺美佐子、小林薫、加藤剛、八千草薫、オダギリジョー、鶴見辰吾などみな良い。監督石井裕也、音楽も押しつけがましくなくて良い。
若いころから八千草薫の大ファンである。三船敏郎の「宮本武蔵」でのお通の役が一番印象に残っているが、年を重ねた今も素敵だ。渡辺美佐子も好きな女優だ。
『船を編む』原作は三浦しおん、本屋大賞というので昨年急いで買って一気に読んだ。映画は原作の雰囲気を壊すことなく作られていると思う。
辞書を作るという言葉の世界の営みであるが、これほど日本語の言葉を本気で考えている人たちがいるということがうれしかった。

新緑の中 どこへ

2008年04月30日 17時10分07秒 | 読書



  分け入っても分け入っても青い山
 種田山頭火のあまりにも有名な句です。

 一方、

  新緑の山となり山の道となり
 というのは尾崎放哉の句です。

よくその生きざまが比較される二人です。
が、私はやっぱり山頭火が好きです。なぜかよくわからない。  
最初に出会った時は衝撃的でした。

この新緑の中を歩く。今が一番美しい。
しかし、ゆずり葉と新芽の作り出すグラデュエーションは単純ではない。
竹秋の色合いもある。

春と夏のせめぎ合い。


瓶にさす藤の花房短ければ

2008年04月28日 17時50分17秒 | 読書


瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり

正岡子規

明治三十四年『日本』連載の随筆『墨汁一滴』のなかの第一首目の作品。子規は翌年九月十九日に亡くなっている。

それがどうしたのという歌である。
しかし、不治の病の床にあって臥したまま瓶にさした藤の花を見ている。
子規という歌人と、ものとの関係でこの歌をみなければならないという。
近ごろなんとなくわかるような気がする。
これも歳のせいだろう。間違いなく。
健康な若者にはわからないかもしれない。

これは野生の藤、樹に巻きついて樹を枯らす。目の敵にされる。
今、盛りである。

こんな俳句もある

  藤の花長うして雨降らんとす    子規

Nature Photo あけびの花

2008年04月12日 18時58分32秒 | 読書
とりあえず金本選手におめでとうを言わなきゃ。
待つのはずいぶん長かったですが、本当に良かった。
金本選手のこととあけびは全く関係ありません。
一言、言っとかないと。

あけびはふしぎな花ですが大好きです。
実も美味しい。種ばかりですけどね。
今は、どこでも満開。


月給を上げろ 金利水準をマトモな線へ戻せ!

2008年03月19日 10時36分31秒 | 読書

  月給を上げろ 金利水準をマトモな線へ戻せ!
  全く同感である。
 昨日の『毎日新聞』経済欄のコラム「経済観測」から  

「なぜ個人消費が?」
 経済には「合成の誤謬」ということがある。部分では正しい判断であってもトータルとなってみるとその反対の結果が出るというものだ。 企業は利益を出さなければならない。そのためにはコスト圧縮である。人件費も聖域ではないから賃上げの要求はできる限り抵抗する。
 日本の稼ぎ頭トヨタ自動車が1000円、2000円のベースアップに手間どっているのも「儲かっているからアマくすると」という三河スピリットであるが、他の企業からすると「トヨタでさえああなのだから」と財布のヒモも固くなる。
 結果として個人消費は沈滞化し景気は本格的浮揚とはなりにくい。まさかトヨタが日本経済を灰色にしたいと思っているとは考えないし、1台でもクルマを売りたいと努力しているのに決まっているのだが、こと志と反している。
 ゼロ金利もそうだった。企業は債務者だから、金利負担を極限まで下げると決算は楽になる。確かにその通りだったが、金利の受け取り手、個人のフトコロまでは考えが及ばなかった。先進国の国債、定期預金は4、5%が暗黙の水準。
 1300兆円の5%は65兆円である。それが3年、5年とカットされたらどうなるか。
 消費税1、2%で神経質になるのに、このマイナスは大きすぎる。日本の貯蓄者は保守的だから、利息のほとんどつかぬ通帳を後生大事に持っているが、外国ならば直接投機か外貨預金に奔流の如く逃げたであろう。預金者はナメられている。
 それで「景気は本格的な消費回復にはほど遠く、依然として輸出、設備投資が支えている」と。なぜだろう。シラジラしい。月給を上げろ。金利水準をマトモな線へ戻せ。    (三連星)

その通りではないか。
いつまで国民をコケにすれば気がすむ。
我々もその気にならなければ、しまいには殺されるで、ほんま。 

 


「蟹工船」「一九二八年三月十五日」 多喜二忌

2008年02月20日 15時19分02秒 | 読書
2月20日。
多喜二忌。小林多喜二が殺された日である。
「蟹工船」「一九二八年三月一五日」など。明治三十六年秋田の生まれ。小樽高商卒業後作家に。昭和八年二月二十日東京で特高警察に逮捕され、残虐な拷問でその日のうちに殺される。
反戦やら、労働者階級の解放を強く主張する者は殺された時代。
今、階層分化や所得格差、ひどい労働実態。憲法改悪を権力を持った者が声高にいう時代、大丈夫か。
絶対に殺されないとは言い切れないのだ。

     多喜二忌や糸きりきりとハムの腕       秋本 不死男
 
     咽ぶごと雑木萌えおり多喜二忌以後      赤木 さかえ

     多喜二忌や焚火の焔嵐めく          中村 静子

     多喜二忌やの市電に走り追ひつくも      本多 静江

                       『新撰俳句歳時記』明治書院
 
しかし、歳時記というものもおもしろい。小林多喜二の殺された歴史的事実もちゃんと載っている。俳人の目で見た世界。

             

子年という年

2008年01月08日 08時52分00秒 | 読書

  子年という年(戦後)
 さて今年はどうなる。高齢者医療制度改悪ますますひどく、現在の姥捨て山政策ここに極まれりといった状況ではあるが、さらに消費税増税、狂乱物価の到来の予感等々。どうやって生き延びるか。

   『毎日新聞』1月8日付経済欄コラム「経済観測」より

   ◇戦後子(ね)年縁起

 昭和23年

 日本初の片山社会党政権。左右分裂のため破綻(はたん)。後継者指名は衆院は芦田均、参院は吉田茂と早くもねじれ。規定により芦田政権発足するも昭和電工事件で動揺。吉田内閣へ。マッカーサーは経済安定の原則を提示、ドッジ・ラインの前触れ。

 物故・ベーブ・ルース、太宰治。

 昭和35年

 日米安保の年。岸首相は訪米調印するも、その答礼のためアイゼンハワーの来日は強硬な反対デモのため延期。エスカレートしたデモは国会乱入。樺美智子さん死亡。岸内閣退陣し、高度成長を唱える池田内閣へ。石原裕次郎・北原三枝結婚。

 物故・和辻哲郎、クラーク・ゲーブル。

 昭和47年

 キッシンジャーの暗躍でニクソン訪中、米国・中国の正式国交。沖縄返還。連合赤軍浅間山荘事件。横井庄一さんグアム島より帰還。

 物故・モーリス・シュバリエ、平林たい子、東海林太郎。

 昭和59年

 民営化政策、NTT株式会社化法案成立。トヨタ、GM小型車の合弁工場をカリフォルニアへ。

 物故・長谷川一夫、有吉佐和子、リリアン・ヘルマン。

 平成8年

 第2次橋本内閣に小泉厚生大臣就任。米国の対中赤字はついに対日赤字を超える。 ペルー日本大使公邸占拠事件。クリントン米大統領来日。日本シリーズ、オリックス4勝1敗で巨人に勝つ。

 物故・遠藤周作、渥美清、金丸信、マルチェロ・マストロヤンニ、司馬遼太郎、丸山真男、マルセル・カルネ。

                              (三連星)

 

 


戦争を美化したい人たちがいる

2007年12月27日 14時06分16秒 | 読書

  戦争を美化したい人たちがいる 沖縄戦「集団自決」教科書検定問題

  アジア太平洋戦争末期、沖縄戦での「集団自決」をめぐり、文部科学省が高校用教科書の検定で「軍の強制」という 記述を削除させた問題で、同省は二十六日、検定意見の撤回は行わず、「自決せざるを得ない状況においこまれた」 とは書いても「強制」という記述は認めないとする検定結果を発表した。
 九月末の県民大会には十一万人を超す人々が集まり、党派を超えて運動を展開してきた。
 中でも高校生が「私たちがおばあやおじいに聞いてきたことがウソだったというのか」と訴え、この検定が若者の 心に大きな傷跡を残したことにあらためて怒りを感じたものである。
 強制と次第に追い込まれていったということでは大きく違う。軍は「死ね」と言って青酸カリを渡し、手榴弾を渡 した。「死を強制した」のである。このことを次代に伝えなくて真実の歴史を教えたことになるのか。 どうしても「軍はそんなに悪いことをしたわけではない」と言いたい人たちがいる。「南京虐殺」「従軍慰安婦」 などの問題を否定したい人たちとも重なる。
 侵略戦争を美化する「新しい歴史教科書つくる会」(会長、藤岡信勝氏)というのがある。このメンバーが200 5年頃から沖縄戦について「軍の強制」を削除する運動を開始する。
 政府、文部科学省は教科用図書検定調査審議会が「専門的・学術的観点」で調査・審議して「軍の強制」を削除し たものだと主張してきた。「検定意見」の原案は「調査意見書」というもので文部科学省の役人が作る。初等中等教 育局長らが決済し、審議会では意見も出ないまま検定意見となる。そして、日本史担当の教科調査官、審議会委員の 中には「新しい歴史教科書つくる会」の中心メンバーやその門下生が多数いる。 検定意見は侵略戦争を美化する勢力が、沖縄戦研究の到達点に反して、持ち込んできた政治介入だったことが明白 になったということである。

 日本史教科書執筆者の一人石山久男氏は語る。

 今回の訂正申請承認は、検定意見を撤回せず、その枠の中で「軍の強制」をあいまいにした記述しか認めないとい うものです。しかも文科省は、実際には教科書調査官と出版社との密室でのやりとりの中で、訂正申請した既述を書 き直させているのです。
 審議会の日本史小委員会が出した報告は検定意見を出した理由として「隊長の命令の存在が明らかでない」という 説が出ている、だから「だから軍の命令が有無が明かでないという見解が定着しつつあると判断された」と述べてい ます。隊長命令の有無と軍の命令・強制の有無とはまったく別の問題で、この説明には飛躍があります。にもかかわ らず、その検定意見を前提として訂正申請を再修正させています。
 部分的には実態を詳しく既述したり、沖縄の県民大会についての注記を認めるなど、この間の運動と世論を反映した 面もあります。しかし、「軍の強制」をはっきり書いてほしいという沖縄県民の願いや研究者の意見にはまったくこ たえておらず、執筆者としても納得がいきません。
 問題の根本には日本軍の犯罪行為を隠し、軍と国家に協力する国民を育てようという右翼、「靖国」派の政治的な 圧力があります。 引き続き、検定意見撤回の世論を広げることが必要です。同時に、既述の回復のために訂正申請を毎年やるなど粘 り強い取り組みもしていきたいと思います。
 今回不十分ながら審議の経過が公表されました。これを機会に審議会を公開させ、密室検定を改めるなど、制度の 改善を要求していくことも重要です。

  ほっとけない。ことは次世代の日本人の意識や人格の形成にかかわるのである。


冬至 一陽来復

2007年12月22日 09時09分47秒 | 読書
 今日は冬至、太陽が南回帰線の真上にあって北半球では正午における太陽の高度は一年中で最も低い。昼間の時間は一年中で最も短い。「一陽来復」はふたたび太陽がかえってくるという意味。(明治書院『新撰俳句歳時記』による)

   貧乏な儒者とひ来たる冬至かな      蕪村

   仏壇の菓子うつくしき冬至かな      正岡子規
 
   海の日のありあり沈む冬至かな      久保田万太郎

   山国の虚空日わたる冬至かな       飯田蛇笏

   吊りて干す魚の尾ほそき冬至かな     長谷川春草


脱税の法則

2007年12月18日 09時06分40秒 | 読書

 日頃は経済欄などはあまり読まない。がこの小さなコラムだけは読む。株式市場などもあまり興味がない(ではすまされないんだけど)。おすすめコラムだと思う。時にはへんなのもある。
 12月18日付『毎日新聞』

  「誰かが眠っている」
 八百屋の店頭で「産地直送」の札をみると、何となく心引かれる。当節あまりに商品が成型されている。昔の曲がったキュウリ、日なたくさいトマトの味を回想したりする。  それよりも「もし直送ならマージンの分だけ安いのかもしれない」と考える。朝市で皆が興奮気味に購買欲をそそられるのはそのためだろう。ただし商品をコンビニ、スーパーの物と比べるとそんなに安くはない。交通費を引くとトントンというところか。  パーキンソンの「脱税の法則」と同じではあるまいか。つまり、脱税に要する費用は脱税額と等しくなるというあの皮肉な法則だ。中間業者のマージンはなくなったが、その分は農家の手取りが増えているし、問屋が負っていた情報、リスクはどうなったのかわからない。ソンナニイイモノデハナイという教訓。  防衛省の兵器購入商社の介在を排除すべしという意見があった。メーカーから直接買えばいいじゃないか。産地直送である。  正論である。国民の税金で買い物をするのだから1円でも節約してもらいたい。ただし兵器のこととなると「安いけれど働かない」では元も子もない。  その商社不要論の大勢を孤軍奮闘(と言うね)ひっくり返した守屋武昌前次官、どんなレトリックを使ったか知らないが、事件が起こってみると、ああそうだったのかと納得がゆく。  資本主義・市場主義の時代、「商社不要論」は通るまい。だが山田洋行だけがクロなのか。大手商社は全くクリーンハンドなのか。悪いやつほどよく眠るという。(三連星)

 


おすすめコラム 「発信箱」

2007年12月15日 09時32分01秒 | 読書

  『毎日新聞』のコラム「発信箱」。このコラムが好きです。毎日読みます。『毎日新聞』の第一線の記者、編集者などが書いているようです。 
 昨日(2007年12月14日)の「発信箱」です。

 「機械の至らなさ」中村秀明(経済部) 
 JRのある駅。つえをついたおばあさんを伴った女性が駅員に尋ねた。「あそこは怖くて行けない。遠回りでいい、他の道はありませんか」
 あそことは「動く歩道」。歩いている速さからの加速と、再び歩き出す速さへの減速を、自分の足腰でコントロールしなければならない。つえ頼みの老人には無理だ。誰かが体を支えても、こけそうで足が踏み出せない。約100メートルの通路は動く歩道だけ。遠回りは、階段も多く10分以上余計にかかるが……。
 高齢者や弱者にも配慮した便利で快適な設備のはずが、危険や不安の種として自由な通行を妨げる。機械には、どこか人の心理や行動となじまないものがある。
 「夢の技術」のロボットにも、そんな面がないか。
 トヨタやホンダの研究に水を差す気はないが、「お茶くみの連係作業ができた」が大きな進歩とは。技術開発が進み、人に近づいたと言われれば言われるほど、むしろ「ロボットの至らなさ」と、「人の能力の高さ、柔軟さ」を痛感してしまう。介護や接客での実用化も近いと意気込まれても、正直言えば、ロボットのお世話になるのは危なっかしくて遠慮したい。
 さて、窮状を理解した駅員は、備え付けの車いすに乗せ、動く歩道を押してホームへ案内した。そして目的地の駅。動く歩道はないけど、こっちは階段が多い。
 「よいしょ」とつえをつき、歩き始めたおばあさん。ふと前を見やると、車いすを用意した男女の駅員2人の笑顔があった。「連絡を受けてお待ちしていました」。人の力はすごいなあ、と思った。

 所詮機械である。あんまり頼りすぎないことだ。
 窮状を理解した駅員、車いすを用意した男女の駅員2人の笑顔、これが人の住む世の中の最も大事な不可欠の要素だろう。
 しかし、パソコンも器械なんだよな、こんなものにどっぷり浸かってしまっている自分の生活を思いつつ。

 


師走 春待月 極月

2007年12月02日 08時34分00秒 | 読書
 もう師走という月になった。
 あっという間の一年。
 十二月の異称としては、極月、春待月などある。
 
 旅寝よし宿は師走の夕月夜    芭蕉
 
 隠れけり師走の湖のかいつぶり  芭蕉

 炭売に日のくれかかる師走かな  蕪村
 
 女を見連れの男を見て師走かな  高浜虚子

 極月の空青々と追うものなし   金田咲子



ミシュラン 東京版

2007年11月24日 13時50分59秒 | 読書

ミシュラン
11月23日付『毎日新聞』コラム「発信箱」は「三つ星店の味わい」というタイトルで経済部中村秀明氏。

 「三つ星店の味わい」
 「権威ある」とはいえ、ミシュランガイドも企業戦略の一環である。
 1900年、発売間もないタイヤの宣伝をかね、旅の役に立つパンフレットを配ったのが始まり。自動車旅行が珍しい時代、少しでも遠くへ、ちょっとでも寄り道させる狙いだった。
 二つ星の説明が「遠回りしてでも訪れる価値がある」なのは、どんどんタイヤを摩耗させて欲しいのだと読める。
 きのう発刊の東京版は計191個の星がつき、パリの97個、ニューヨークの54個を超えた。AP通信は「パリを美食の都の地位から引きずり降ろした」と報道したが、ランキングで食べることに目がない日本人への営業戦略がのぞくし、マンネリ打破の話題づくりもあるのだろう。
 戦略にまどわされるあまり、過去に事件も起きている。格付け低下を恐れたとみられるシェフが自殺したり、三つ星を維持するために多額の投資をして破綻した店もあった。ミシュラン自身も開店していない店を掲載(つまり味見もせずに紹介)し、あわてて本を回収したこともある。
 東京で星をもらった150店は、縁のなさそうな店がほとんどで、正直ピンとこなかったが、この人の言葉は味わい深かった。
 「目と手と気持ちの行き届く範囲でしか、自分の料理は作れないんです」。三つ星をもらった麻生の日本料理「かんだ」の主人・神田裕行さん。
 カウンター中心の小さな店でNHKの取材に語っていた。
 料理に限らず、あらゆる商売の原点がここにあると思った。思わず「ごちそうさま」と言いたくなった。

 「吉兆」初代の湯木貞一さんも同じ気持ちだったんだろうけどなあ。
 星のついた店、行ってみたいけどほんとに縁のない世界である。
 晩ご飯一食何万円ぐらいとられるんですかね。