味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

君子に三変あり。

2017-03-19 10:21:46 | ブログ
第3001号 29.03.19(日)
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君子に三変あり。『論語』 
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 孔夫子の態度には三つの変化がある。初めて会ったときはなじみがたい感じを受ける。内に儼乎たるいかめしいところがあるからだ。しかし接してみると温和である。人情があるからだ。さらにそのことばをきくと、ひじょうに激しさを感じる。道を信じる意志が堅固だからだ。(孔子を評した子夏のことば)92
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 【コメント】言葉のやりとりの背景にどのような意味・意志があるのか、その人の心の問題でありますが、孔子様みたいにしめくくりが明確であることが大事ではないかと思います。
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 昨日の本部道場には元気な子供たちが集ってくださいました。『南洲翁遺訓』と西郷南洲翁の漢詩を復誦して貰いました。『南洲翁遺訓』第16章、「節義廉恥を失いて」の冒頭部分を覚えて貰いました。
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 第二道場では、田上青年と大声で拝誦しているのです。田上青年が真面目に御稽古してくださるので、大変気持ちよいです。ここまでくるには、いろいろと難関な事態もありました。子供たちは成長するにつれて、世の事象がいろいろと分かってきますので、躾をすることの意味も理解してくれると思います。
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 そこに行くと優李さんの指導にも厳しい躾けを導入した方が、より成熟すると思うのですが、山田先生如何思われますか。体罰ではなく、厳しい躾けのもとに稽古に臨む術を教えるべきだと思うのですが、如何でしょう。

 していいことと、してはならないことを教えなければならないと思うのです。優李さんは入門したての時、掃除機をひっぱりだして、ソウジキ、ソウジキと言って道場内を走り回っているのでした。掃除機が音を出すから面白がったのだろうと思うのです。
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 その時、私が力いっぱいホッペタを殴ったのでした。それが奏功したのだと思います。その後、ソウジキを引っ張り出す動作はしなくなりました。同じことをしたらハゲ師範にホッペタを打たれるからという恐怖を抱いているのだろうと思うのです。

 私が優李君に平手打ちをした時、新入会員として入会しようとしていたバラン・ケント君の母親は、息子も躾をしてもらおうとして入会しようとしたのですが、どこで行き違ったのか、入会しませんでした。

 その後バラン・ケント君は、小学校でオチンチンを出して、女の先生に抱き付くなどのことをしたのだと聞いたものです。やがて警察官に検挙される事態がくるであろうと思います。

 事件を起こして逮捕されてからでは遅いのです。その前にいろいろ教えなければなりません。それには、教育勅語よりか『論語』がよろしいと思います。
 
 『論語』に興味を持ち、やがて西郷南洲翁が推薦する『書経・詩経』にも興味を持ってもらいたいと思います。

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『臥牛菅実秀』(第533回)
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   (六) 

 明治二十四年のことである。全国を震撼させた事件が起った。
 ロシア皇太子(のちの皇帝ニコラス二世)が、皇帝アレキサンダー三世の名代として、シベリア鉄道の起工式に出席する途中、日本視察に立ち寄った。軍艦七隻を従えて、鹿児島、長崎、神戸を経て関西を巡り、さらに東京から青森に向い、ウラジオストックに渡る予定になっていた。五月十一日、ロシア皇太子は、琵琶湖を見物して京都に帰る途中、大津で沿道警備の巡査、津田三蔵に切りつけられたのである。
 ロシアは当時、世界最大の陸軍国であった。そのロシアが北欧からウラル山脈をこえて、北アジアを貫く鉄道建設に乗り出したことは、ロシアの侵略の手が極東に伸びてきたものとして、日本国民は強い不安と反撥を感じていた。津田の凶行の動機も、ロシア皇太子の日本訪問を、日本を侵略するために調査に来たものと単純に信じこんだことにあった。

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