味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

禮義なる者は、人の大端なり。

2017-07-30 18:20:22 | ブログ
第3135号 29.07.31(月)

故に禮義なる者は、人の大端なり。信を講じ睦を脩めて、人の肌膚の會、筋骸の束を固くする所以なり。生を養ひ死を送り鬼神に事ふる所以の大端なり。天道に達し人情に順ふ所以の大とうなり。故に唯聖人禮の以て已む可からざるを知ると為す。『礼記』(礼運第九)348

 故に、礼儀礼節は人間生活を円滑にしてゆくための要件である。礼を行うことによって、人互に信頼と親睦を深めることができ、団結を強くすることができて、それはあたかも個人の身において、皮膚や筋肉や骨骸などの連接や結束をますます固めて、生命をますます強くするにも、似ているのである。なおまた礼は、生きてある父母を養って満足させ、亡くなれば葬ってその霊を安んじ、あるいはもろもろの神を祭って福を祈るための、重要な手段ともなり、人が天道を尊び人情を重んじ、人間生活を安全円満に送ってゆくための重要な方法ともなる。ゆえに聖人は、礼のかくべからざる物であることを充分に知り、これを制定したのである。349

 【コメント】「礼」が人間社会に如何に大切なものであるかを詳しく説いているところに強い共感を覚えます。

 このような解説はテレビ・新聞でもしてくれません。心有る人が地道に書籍を繙く外ないと思います。何も分からない私は、読みながら人類社会の摩訶不思議に触れ、漢籍の奥深さを思い知らされています。

 礼は、自己を低くして相手を尊ぶことを教えており、たとい相手がささやかな行商人であっても、相当に尊重して扱うのであるから、まして相手が富貴ならばなおさらのことであります。

 ですから古人は、「礼は学ばずには済まされない大事なもの」といっています。そういう精神で日々に臨めば諍いなどはないのですが、これが国と国との関係となると、そういうわけにはいかないようです。

 連日、一触即発の事態になるのではないかと憂慮される問題が山積しているようです。国家間ではどうであれ、個人間では人間味よろしく、相手を尊重し名誉を與え、万物の霊長たる生き方をしたいものです。

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『不動心』(第3回)

 彼は121年ローマに生れたが、生家はスペインの名門で、ストア哲学に傾倒したあと、先帝アントニヌス・ピウスの養子となり皇帝となっている。彼の嫌う「貴族」の出身なのに、痛烈な記録を残しているのは、彼のめぐりあった教師たちの薫陶の賜物であろう。その一人アポロニウスが宮廷に呼びつけたところ、「師が生徒のもとへ出向くのではなく、生徒が師のもとへ出向くべきだ」と語ったと伝えられている。
 読者は、アウレリウスの説話の中に皇帝らしからぬ率直さや哲学者らしからぬ平俗さを感じられるであろう。あるいは、しばしば老子の説く「無」の思想や、仏教の教えるものとの重なりを読みとって、おどろかれるかもしれない。しかし、そのような多様性、あるいは器のひろさ、これがローマ思想の飾らぬ姿なのではあるまいか。

   どんな名匠であろうとも、ある程度は素人同然の雇い主の希望をかなえようとするが、自分の仕事の流儀は固く守   り、そこから逸脱することはガンとして聞き入れないものだ。大工だの医者だのが自分の仕事を尊重しているほどに   は、われわれは自分自身を尊重していない。これは、まったく悲しむべきことではないか。

 この一節など、今日、誰が書いても、誰が言っても、おかしくない内容ではないか。しかも、現代の人には鋭く突き刺さる言葉であって、こういうところに、アウレリウスの大河としての持続性があるのではないか。
 訳出にあたっては、できるかぎりわれわれ日本人が常套語として使っている言葉をえらぶことにした。なぜなら、アウレリウスの思想は普遍的性格がつよく、いわゆる「哲学用語」のような専門語でなくても、その内容を充分に運びうるからである。

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「死に代えた『南洲翁遺訓』」(第80回)

  菅の決断

 その赤沢は、じっとして動こうとしない菅に耐えかねて、
 「兵力を出して鹿児島を応援することができなければ、せめて政府に意見具申して、容れられなければ、諌死してでも西郷先生の恩義にむくいるべきだ」
と迫りました。しかし菅は、
 「無益にことをして、ただ申訳をするようなことは、わしはしない」
というのみでした。
 黑崎もたまりかねて四月二日単身上京、横浜で鹿児島潜入を狙っていましたが、これも空しく帰りました。

 西郷軍が鹿児島を発したのは明治十年二月十七日でした。この日鹿児島は雪が舞っていたそうです。南国では雪が端兆です。兵士はいやが上にも士気が振るったことでしょう。しかし転戦むなしく九月二十四日、西郷は城山の露と消えます。
 東北の一角庄内には、なかなか戦況がとどきません。新聞報道も虚実あい混じるものでした。三月十四日の黒崎の日記は開墾士たちのいらだちのさまを伝えています。

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今日も高速道路で車両同志の交通事故が発生しました。20歳の青年が即死したとのことです。交通事故は連日発生していますが、警察庁は速度制限をした方がいいのではないでしょうか。そして違反者には厳しい反則金を科して欲しいと思います。
 私は平成14年、速度違反をして反則金切符を切られました。14000円支払いました。その時私は、感謝しました。それが無ければ速度違反を続けていたであろうからです。そして大きな事故をすれば莫大な金が要ることになるからです。
 子供さんが車を運転する保護者の方は、それとなく教え諭して欲しいものです。

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