味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

民の彝を秉る、是の懿徳を好む。

2017-06-20 09:13:36 | ブログ
第3094号 29.06.20(火)

民の彝(つね)を秉(と)る、是の懿徳(いとく)を好む。『詩経』

 人間には美徳を好む常性がある。つまり、善を好み悪を憎むことは人間の常道であり、人間の天性である。「秉る」は執ること。「彝」は常。「懿徳」は美徳。188

 【コメント】人間には、解説にあるように<美徳を好む常性、善を好み悪を憎む常道>を求める天性があるというが、政治家はもっと謙虚になって欲しいものです。

 内閣を支持するかという世論調査では自民党が12ポイント下がったとのこと、それは当然でしょう。今朝の読売新聞では「陳謝」という言葉を使っていますが、反省はすると言ったが「陳謝」という言葉は使っていないと思うのです。

 国民の声に、安倍さんは好きだが、今回のやり方は納得・承服できないという声が多いようです。外に強い野党がないからと言って、思い上がってはいけません。

 私はこのような時、荘内の菅原兵治先生が生きていたら、どういう采配をするであろうかと考えることにしています。道場に掲げている厳しい顔をした菅原先生が人の世を睨んで観察していると思うのです。

 とにかく人の行為は天が視ているのです。政治家の発言する言葉を聞いて、そこに教育性があるか、忠恕の精神があるか、自分に都合のいいように利を悪用していないか、権力を悪用していないか、等々人々は冷静に観察しているのです。

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『人としての生き方』(第48回)

 安岡先生の教学を学ぶ勉強会や古典の勉強会なども各地で行われているようですが、回を重ねてくると、「自分づくり」「吾づくり」といった活動の目的が忘れられて、ただ参加しているだけで満足をしていたり、講師の話を聞いているだけで分かったような気になる。そうではないんですね。勉強会に参加して学びを通じて自分を練る、自分をつくる。これが大切なんです。それがどうも忘れがちになる。また、学問だとか勉強などといいうと、忙しくて時間がないから出来ないという人がいますが、時間というのは案外無駄に使っていることが多いように思います。安岡先生は「寸陰を惜しむ」と仰っていました。

    どんな忙人にでも寸陰というものはある。ちょっとした時間というものは必ずある。
    そのちょっとした時間をつかむのです。これに熟練すれば、案外時間というものはあるものです。寸陰を惜しんでやっていると、そ    の寸陰が、長い時間と同じ、あるいは以上の値打ちを生じてくる。


 どんなに忙しい人にでも寸陰はあるわけで、忙しければ睡眠時間を十分短くして、その十分の間だけでも本を読むよう薦めています。ほんの十分でいいんです。『論語』の一章だけでも読む。そうした習慣をつけることです。スイスの詩人、アンリ・フレデリック・アミエルの『アモエル日記』には「人生は習慣の織物である」とあります。
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「死に代えた『南洲翁遺訓』」(第40回)

 将軍慶喜ん゛恭順の意を表して江戸城から上野の寛永寺にはいったのは、二月十二日のことでした。
 将軍が寛永寺に謹慎した情報を、菅は二月十七日、箱根湯本の宿で偶然、襖越しに耳にしました。もう状況は決定的です。
 菅は急遽、江戸藩邸に駆けつけたのが先に書いた二月十八日、このときすでに藩論は佐幕に一決した後でありました。菅は、自分はそう思わないが、裁断が下った以上、それに向けて努力することを誓うといって、抗戦の三案を提示しました。それはここでは触れません。
 こうして庄内は江戸を引き払って庄内に立籠りました。これは菅が最も下策として提示した戦略でした。戊辰戦争で庄内軍は官軍を藩境の外に迎え撃って、終始優勢でありましたが、最後には西郷軍に降伏することになります。

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