味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

国粋主義の反省と日本精神

2017-05-26 09:48:14 | ブログ
第3069号 29.05.26(金)

国粋主義の反省と日本精神『日本精神通義』

 安岡正篤著『日本精神通義』の末尾に掲載されている「国粋主義の反省と日本精神」を引いてご紹介致します。昨夜の空手道教室は8名で御稽古致しました。新しく入会した中学一年の子どもは、空手道型は全く駄目ですが、「古典の教え」に書いてある『中庸』の言葉はすぐ暗記して発表してくださいました。

 今までお母さんに打たれたことはありますか、とお尋ねしたら、全くありませんという回答でした。知的に優秀になるためには多くの保護者が心掛けていることです。が、私の場合、厳しい母親にしごかれたお蔭で今日があると総括しています。

 我が子が可愛いのは当然ですが、躾としての厳しさも必要だと思います。

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国粋主義の反省と日本精神

  偉大なる日本精神とは何か

 ここで少しく補足しておきたいことがあります。それは、かような日本精神の真義ともいうべきものから考えて、今日の、あるいは今までの日本精神を論ずる者に、往々にして、甚だ日本精神を誤る者が多いことを警戒しなければならぬことでです。
 我々は誤まった日本精神論者になってはなりません。世には日本精神というものの荘厳なるを説いて、これに対して他国民精神を無下に退け、軽侮し、そうすることによって日本精神というものが初めて偉大なるもののごとく考えて、無暗やたらに日本精神を礼讃し、口を極めて異民族精神を罵倒するものが非常に多い。
 およそその国家民族の精神、文化、そういうものを引っ括めて「国故」という。今なお北京大学に在り、(昭和十一年当時)まして、中国の学界の一権威者でありますが、胡適という人があります。この人が『中国哲学史大綱』というものを書いている中に、国学ということを論じて、
 「国学とは『国故』学のことである。国故の中には国粋と国渣とがある。渣はカスであり、国学とはその国粋を養うて国渣を去ることである」
としております。誠に同感でありますが、同時に、
「国学は他の国学の、他国民の国粋を自家の栄養分に摂取して、その国渣を排泄することでなければならぬ。自国の国故に関してしなければならぬと共に、他国の国故についてそうしなければらぬ」
とも説いています。

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『人としての生き方』(第23回) 

 孔子の時代でも、学んだことを人にひけらかすような学問も多かったと思います。”自分の為に学ぶ””自分をつくる”というのが学問の根本でなくてはならないと思います。

   学びて時に之れを習う。亦た説ばしからずや。

 これもやはり『論語』学而篇にある言葉です。安岡先生がよく仰られておりましたが、この「習う」という文字は、雛鳥が羽を繰り返しバタつかせて飛び立とうとしているというものです。いわゆる人から学んだことを実践するということ。学んだことを実際に自分が実践することで、心の底から喜びというものが溢れ出る。そうした意味での学というものを、先生からお教えいただいたと思っております。

 孔子の弟子の中で最年長であった子路、これは非常に勇ましい男でしたが、この子路が初めて孔子に会った時の逸話がございます。子路は元々遊侠の徒でありまして、孔子とは九つしか年が変わらず、腰には長い剣を下げておりました。孔子の名声に腹を立て、面白くないから講義をぶち壊してやろうといことで、鶏や豚などをけしかけて邪魔をしようとします。これを見兼ねた孔子の言葉から問答が始まります。

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「死に代えた『南洲翁遺訓』」(第17回)

 ところが、ここでも彼は例のマグマが吹きだして、さっさと刀を買ってしまったそうです。彼の貧乏を笑った者は、完全に菅の下風に立たされてしまいました。
 加藤省一郎の『臥牛・菅実秀』によると、西郷が菅に貧乏時代のことを語って、
「貧乏で、妻が生きてはいかれぬというので、ならば死んでくれといったが、死にはしなかった」
といって西郷は笑われた、とあります。このころの下級武士たちは、庄内も鹿児島も似たりよったりの貧乏の鍛錬を経てきていたのです。
 菅の若年のころの世情一般は、泰平無事に慣れて、藩士でさえ政治にはとんと関心がなく、何事もお上にお任せという気風が充満していましたが、そういう気風が菅にとっては我慢のならないことで、彼は事毎に上司に意見を〔づけづけ〕と直言してはばからなかったそうです。〔づけづけ〕とは気をつかうべき上司に、遠慮会釈もなく物申すことですから、周囲の凡庸の人達にとっては面白くない存在で、彼を蔭で〔大言壮語する男〕といって嫌われていました。

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