味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

吉人、善を為す。惟れ日も足らず。

2016-10-18 10:41:04 | ブログ
第2849号 28.10.18(火)
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吉人、善を為す。惟れ日も足らず。『書経』
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 善い行いをする人間は、日が足りないと思うほどに毎日善行をしている。209
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 私は善い行いをしている訳ではございませんが、日が足りないと思っています。とにかく生きている限り、古典を繙き、空手道教室に通ってくる子供たちに誠心誠意善い行いをする導きをしたいと思っています。
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 兎に角真面目に学問をすることこそが素晴らしいことだと思います。これらは幼少の頃から教えるべきだと思います。
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 東京の有名校の生徒がいじめにあったとかで、ナイフで同僚らに切りつけたとのこと、いじめる方も悪いし、被害者の方も忍耐づよく生き抜くべく指導したいものです。
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 ノーベル賞を貰うべく期待していた作家氏も、青少年に参考になるものがたりを書いて欲しいものです。
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 私のブログで『南洲翁遺訓』『運命を拓く』をお読みになられたらというご紹介をしてきましたが、これに『自助論』も加えたいと思います。
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 『自助論』に登場する偉人たちは、学問・芸術という夢に向って、寝る暇もない位、自らと戦って厳しい人生に生き抜いた人々の努力を明かしているからです。

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昨夜のフジテレビ・反町氏主宰の報道の際、皇室のご婦人の皆様の平等感が損なわれていると発言されたやに受け取りました。
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 思うに、皇后様をはじめとして、これほど美しい存在は世界に例をみないと思っているのは私一人ではないと思います。徒に煽ることなく、これこそが皇国の儀式文化として踏襲して欲しいものです。
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 皇后様の立ち居振る舞いは、多くのご婦人に最大の憧憬と映っているとしばしば耳にするところです。

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『臥牛菅実秀』(第384回)
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 鱸成信は植木の官軍墓地に眠り、伴兼之、榊原政治は『自分の一身は西郷先生に托したのである』といった西郷隆盛の墓を中心にして多くの私学校の生徒とともに眠っている。
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 鹿児島軍は九月一日、政府軍の包囲を突破し、なつかしい城山に安らかな死場所を求めて帰ってきた。
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   明治十年(一八七七年)九月二十四日の朝、官軍の総攻撃が城山に向って行われた。西郷は、敵軍を激撃せんと、同志と共  にまさに立上がらんとした。その時、一弾が彼の腿を撃った。間もなく其の小部隊は全滅され、西郷の遺骸は敵の手中に陥  ちた。『決して無礼な挙動を為すべからず』と敵将の一人(三好重臣中将)が叫んだ。『嗚呼、翁の顔色、何ぞ其れ温乎たる  乎』と他の一人(山県有朋中将)が言うた。彼を殺した者等が、悉く喪に服した。涙ながら彼等は、彼を葬った。そして涙と  共に彼の墓は今日に至るまで凡ゆる人人によって訪われている。斯の如くして、武士の最大なもの、また最後の(と余輩は思  ふ)ものが、世を去ったのである。
                           ------内村鑑三「代表的日本人」-----

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『農士道』(第659回)
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   農 工 滅 私
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 かく農工には、両者に各々「分」があり、随ってまた両者に各々長短両所があるのである。故にこの両者が真に大和して、皇国の為に貢献せんとするならば、両者互いに、その私を滅して公に奉ずるの態度があるべきである。それを己を主として、互に他をば、己を利せんとする為の方便として利用するが如き態度に出たのでは、未だ大和の道に立っての「むすび」ではない。かくて真に農工大和の道を行じて、皇国に奉ぜんとするならば、先づ根本的に此処から改めて、いはゆる「農工両全」と考えるよりは、むしろ「農工滅私」と考へ、己を虚うして互に他を尊重し、而して互に学ぶ處があるべきである。そこにのみ真に道にかなった「大和」があり、随って又真の義を踏んでの「農工両全」が期し得るであらう。
 畢竟如何。農は本なり、商工は末なりである。各々その分に随って相むすび、皇国に奉ずるの一念に生くることを措いて他にないのである。農本の道理より敢えて爾か云ふ所以である。

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