味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

泰山は土壌を譲らず、故に大なり。

2017-02-22 10:04:11 | ブログ
第2976号 29.02.22(水)
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泰山は土壌を譲らず、故に大なり。河海は細流を択ばず、故に深し。『十八史略』
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 高い泰山は、小さな土くれをも手離さないで集めたからあのように大きくなった。黄河や大海も、どんな細流をも選ばず取り込んだから、あのように深くなった。すべて物事は、小さいものをたえず積み重ねることが必要だ。594
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 【コメント】大事な教えだと思います。冷静に考えたらわかりきったことなのですが、人間ややもすると大きなものに眼がくらみ、大事な積み重ねの部分を忘れがちになるものです。
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 特に経験が乏しい若い人はそういう傾向にあります。そうした場合、失敗する確率が大きいし立ち上がれなくなる場合もあります。若い子供たちがテレビに出て華やかにお遊戯していますが、調子にのらないことが肝要です。
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 AKBを立ち上げた男のことを堺屋太一氏らが月刊誌で批評した記事を読みましたが、矢張り基礎を積んで事に臨んで欲しいと思います。上の『十八史略』が教える所はそういう部分もあるのでしょう。
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 ですから私は、空手道と『南洲翁遺訓』を学ぶ子供たちに、急ぎ過ぎるな、おごり高ぶるな、人を大事にせよ、勤勉であれ、勤労意欲旺盛であれ、真摯であれと檄を飛ばしているのです。
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 19日に荘内南洲会の先生方が『明治維新の先賢に学ぶ』旅と称して来鹿してくださいましたが、『南洲翁遺訓』刊行の地であるだけに、人間が素晴らしいのです。今日はそれぞれ帰郷されるでしょうが、大変御苦労様でした。
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 昨夜、池田先生から電話がありました。荘内南洲会の先生方は全員、西郷南洲顕彰館におはいりになり、徳永館長のお話をお聞きになられた由です。
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 ここ数年は、『南洲翁遺訓』を改竄する男が責任者であったため、会館へ入る事をヨシとしなかったのでした。前任者に比較し新館長は人格豊かな方で、西郷隆盛を顕彰する館の責任者に相応しい方なのです。
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 人間、どのようにすれば人様に信頼されるかということは、冷静に考えれば自ずから答えは出るのですが、そこに長年の仕事で培った垢が精神にこびりついている者がいるものです。
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 そのために『南洲翁遺訓』を拝読するか、漢籍を繙く等の敬虔な修行態度があればいいのですが、ペンの先が汚れて上手くいかないのです。

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『教養のすすめ』「無我の中で達する境地-----至誠の人 西郷隆盛」第16回
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 他面、憎むべき人間に対する態度は、峻烈なものがありました。
 西郷はかつて大島に流され、そこに住んだことがありますが、大島に態度は傲慢不遜であり、平気で戒律をおかす言動が多い僧がいました。西郷はたまたま馬でその僧とすれちがったときに鞭をピシリと悪僧の頭にはたきつけて走り去り、坊主はそれ以来、悪いことをしなくなったといいます。
 また権威をかさにきて乱暴無礼を働く役人に対して鉄拳を食らわし、その後、その役人はおとなしくなって乱暴を働かなくなったといいます。西郷の誠というものが自然にそれをさせているので、西郷が本当に怒ったときは、怒られたほうもそれが直ちにわかったのでしょう。 

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『臥牛菅実秀』(第508回)
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 借金依頼の手紙でありながら、敢て同情にすがろうとするものでもないことを示しているあたり、そして『いまだ道義を論ずるに遑あらず』と窮状を露呈しているあたり、この人の風骨が偲ばれる名文である。
 さて鶴岡に帰った富田から副島の手紙を受け取った実秀は、早速、酒井家の幹部の人たちと相談するように富田に命じた。富田は、それらの人たちに問題を伝え、協議を求めたのであるが、幹部の人たちも当惑した。

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