味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

信は功を棄てず、知は時を遺れず。

2017-05-12 10:08:57 | ブログ
第3055号 29.05.12(金)
.
信は功を棄てず、知は時を遺れず。『戦国策』
 
 約束を守り務めを果たすしっかりした人は、物事が成功するまでやりつづけ、知的にすぐれた人は、時をのがさず対策を立て実行する。

 【コメント】上の言葉は昨夜の空手道教室で子ともたちに配布した資料に掲載しているものです。同一資料に書いているもう一つの言葉は、『中庸』の、<誠は天の道なり。之を誠にするは、人の道なり>という言葉でした。

 五歳児・佳那子様をはじめ宗一郎さまがたと大声で読み上げました。今、子供たちに教えなければならない大事なことは、精神栄養剤となる『南洲翁遺訓』はじめ漢籍の言葉だと思います。

 ですから、空手道教室で子どもたちに紹介しているのです。今、話題が集中している幼稚園でもそういうものを子どもたちに教えているとして、人々から注視されていますが、そういうことを利害を目的としてやるべきではありません。

 自分の主張等々が反故にされたからといって、仲間としてやって行こうとしていた人の言動を暴露し、敵対視し攻撃するというのは考えられないことだと思います。

---------------
昨日に引き続いて『論語の活学』より転載します。

 「見識」と胆識」

 こういうことの価値判断力・判別能力を「見識」とか「識見」と申します。「見識」は単なる知識と違います。知識は人間知性の、つまり、頭の機械的な働きによって幾らでも得られるものであります。本を読んだり講義を聞いたり何かすれば、よくよく頭の悪い者でない限りは、いくらでも知識は修得することができますが、それだけでは見識というものになりません。理想を持ち、現実のいろいろな矛盾・抵抗、物理的・心理的・社会的に貴重な体験を経て、生きた学問をして来ませんと、この見識・識見というものは養われません。人物たるには、この見識が大事であります。特にそれが現実のさまざまな矛盾や悩みに屈することのない実行力、決断力を待つ時に、さっきの「膽」という字を応用して、「膽識」と申します。つまり膽気と見識との中和であります。

 そこで人間はようやく現実の生活・他人・社会・種々なる経験に対する標準が立ってまいります。尺度が得られます。自分で物をはかることができるようになる。人は形態的に申しますと、確かに一つの器でありますが、これを物差しや量(ます)にたとえて、器度・器量というものができます。器量人になります。人生のいろいろな悩み苦しみをも受け入れて、ゆったりと処理して行けるのであります。

-----------
『人としての生き方』(第9回)
 
   三、国づくりの基本は人づくり
 
 わたくしは、九州の久留米の出身でございまして、わたくしの父親が、「玄洋社」の頭山満翁や、「黒龍会」の内田良平氏などと親交がございました。「玄洋社」、「黒龍会」こそが西郷精神を継承したものだと言われております。
 わたくしの家庭でも、この西郷精神といいますか、その考え方が基礎にございます。「児孫のために美田を買わず」という西郷南洲の詩がございます。士族の家では、子供のために財産は残さないというのが一つの考え方でありました。また、日常の行動では、


   難しいことと易しいことがあれば、難しい方を択んで自ら鍛えよ。
   利益になることと正しいことがあれば、利益を捨てて正しいと思うことを択べ。


 こうした教育の中で育って参りまして、中学時代に、「政教社」から出ている頭山満翁の『南洲翁遺訓(大西郷遺訓)』を読んだ時には、小さい頃ら受けてきた教育、その拠り所を得たような感じがいたしました。その『南洲翁遺訓』の中で一番肝に銘じたのは、

  何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し。
  人有りて後、方法の行わるるものなれば、
  人は第一の宝にして、己れ其の人に成るの心掛け肝要なり。


 どんなに制度や方法を議論しても、それを説く人が立派な人でなければ、上手く行われない。
------------
「死に代えた『『南洲翁遺訓』」(第3回) 

 幕末近く、西郷のはたらきが大きくなればなるほと、菅の情報網にはいる西郷の情報もおおくなったと思います。ことに菅が幕命で「京阪視察」に赴いたころは、的確な西郷像を得ていた節があります。「京阪視察」のことはあとで申します。

 『臥牛先生行状』にいう「交情日々に厚く」というのは、何度も会談を重ねているうちにもお互いに文字どおり、肝胆相照す間柄になったということでしょう。そしてこれが、薩摩はとにかく、わが庄内の----すくなくとも明治、大正の半世紀の運命を決定する重大なことになるのであります。

-----------
中澤先生、コメント有り難う存じました。お元気でご活躍なのですね。
------------
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 言うより前にまず実行 | トップ | 天縦の将聖 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む