味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

春秋を学ぶも亦善し。

2018-01-14 10:57:41 | ブログ
第3302号 30.01.14(日)

春秋を学ぶも亦善し。一句は是れ一事にして、是非は便(すなわ)ち此に見(あら)わる。此れ亦理を窮(きわ)むる要なり。然れども他経豈(あに)(もっ)て理を窮む可(べ)からざらん。但多経は其の義を論じ、春秋は其の行事に因りて、是非較著(こうちょ)なり。故に理を窮むるに要と為す。嘗(かつ)て学者に語(つ)げぬ、且(しばら)く先ず論語・孟子を読み、更に一経を読みて、然る後に春秋を看(み)よ。先づ箇の義理を識り得て、方(はじ)めて春秋を看る可し、と。『近思録』221

 春秋の勉強もよい。それは一句一事になっていて、是非がそこに示されているからである。これも道理を窮める際の重要なものである。しかし、ほかの経書からどうして道理が窮められなかろう。ただ、ほかの経書が道を論じるのに対して、春秋では実際によって是非が明らかになっている。故に道理を窮める際に重要なものとなるのである。かつて学生に話したことだが、まず論語・孟子を読み、さらに何か経書を一部読んで、それから春秋を読むことだ。まず道理が分ってこそ、春秋が読めるようになる。221

 【コメント】私は20年前から論語・孟子を読んできました。でも何がなんだか分からず読んでそして書き写してきただけに、先の解説にあるようには理解できていませんが、それでも他の漢籍もどうにか楽しんで読めています。

 長い一生では人は、人間関係を調和よくし楽しく有意義に進め、意義ある人生にしたいものです。自分一人だけで生きる世界ではないので、『南洲翁遺訓』と漢籍を繙いて参考にして欲しいと思います。

 私は毎日漢籍を読み、それを題材にしてブログを書いています。今日で3302号となりました。藤本先生、近思録を御読みになりませんか。こういう本から生きる力を頂いています。

 今年放映される大河ドラマの主人公西郷隆盛は、近思録を読み、敬天愛人の思想に到達したのだというのです。繙きながら、得も言えぬ有難さを感じています。

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『不動心』(第164回)

 自己に対して美しくあること

 苦境に陥ったときには、同じような目にあって憤ったり、驚いたり、泣きわめいたりした連中のことを思い浮かべてみるといい。彼等は今どこにいるのか-----すでにいなくなってしまった。では、どうして彼らの真似をしようとするのか。そんな愚行は、そうするのが好きな人やそうせずにいられない人にまかせておけ。あなたは、どうやったら災を転じて福とできるかを一生懸命考えるがいい。
 そうすればうまい方法も見つかり、苦境そのものがあなたの仕事の材料として役立つようにもなる。何を行なうにしても、自分で満足することを努力と決意の目標にすえなさい。努力と決意にとって、行動の動機はまるで重要性を持ってはいないのだ。

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「日本の婦道」--第19回

 私は先に愛は同時に内省であり、道徳的努力であることを説いた。愛の内省はやがて女性を「つつまし」くする。凡て人は内省によりて敬虔の情を生ずるものである。この敬の感情の身體に現れたものが即ち禮である。それを我々は「つつましい」といふ。そこで内省にその必然的根柢を有する道徳的努力は必ずこの敬の將を伴ふ。
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『言志録一』16  生々の道

 (う)うる者は之を培う。雨露固より生々なり。傾く者は之を覆す。霜雪も亦生々なり。

 〔訳文〕植えた食物は、之を培養してやるべきで、雨や露はいきいきとして、植物の生長を助ける。また根の傾いている植物は、倒されてしまう。倒すことを助けるのは霜や雪であるが、これらもまたいきいきとしているものである。

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