味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

賢を尊びて衆を容る。

2017-03-13 09:47:23 | ブログ
第2995号 29.03.13(月)
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賢を尊びて衆を容る。『論語』(子張)
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 君子は、賢者に対しては尊敬の念をもってこれと交わり、一般の人々には寛容な態度で接する。(子張が聞いた孔子のことば)91
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 【コメント】人々に対して尊敬と寛容な態度で接する、西郷南洲翁もそういう人であったと思います。『酔古堂剣掃』より引いてご紹介します。曰く、
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 <東洋人、つまり日本人でも中国人でも心ある人々、民衆が敬慕するような人の奥深くには虚無的な人生観があります。最近、しきりに宰相論というものが話題になり、いろいろな会合で話が弾んでいるが、古来の名宰相と言われたような人を深く観察してみると、共通して良い意味の無常観がある。良い意味の虚無感を持っています。
 例えば、宰相になって得意になるような人、宰相になって非常に派手にやるというような人は、名宰相の中には入らぬ。東洋古今のこの宰相学というものを学んでみると、そういう宰相はだめだ、落第である。本当の宰相は共通して、宰相たることに淡々としておる。満足とか得意とか、いわんや誇りとか名誉とかそういう主観を持っておらん。極めて自然であって、そして余裕があり、どこか一抹の寂しさを持っている。難しく言えば、虚無的なものがある。満足とか得意といったことを意識しない。東洋人の本能というのだろうか、多くの人々は本能でそういう宰相に共鳴する。事実、とにもかくにも、民衆・国民を引きつけた宰相を立入って調べてみると、それはたしかに共通の特徴と言っていい。
 日本の近代で言えば、明治維新を成し遂げた西郷南洲が最も代表的な人でしょう。西郷という人は、名誉だとか地位だとか権勢だとか、そういうものを誇るということが一つもなかった。淡々として、どうかすると、非常に虚無的であった。こういう人こそ真実の人、真人であります。地位だの名誉だの権力だの、そういう位階・声望というものはこれは世の中の事実だから、私もそのまま肯定するけれど、それに対しては、淡々としてなんらの私心を持たない。廟堂に立っても、村巷におっても平常である。いつも変わらない。こういうのが東洋・和漢を通ずる真人の境地であって、そういう人の典型が宰相にふさわしい人物である。これは東洋の政治哲学の一つであります。>

 吾々凡人にはほど遠いことですけど、精神的にはかくありたいものだと思います。

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『臥牛菅実秀』(第527回)
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 営利会社である山居倉庫に対して、等級審査のきびしさがきらわれて、そのために入庫米がなくなったときは、倉庫を閉ざして、ゆるゆる昼寝をするがよいとは、随分、思いきった言葉のようであるが、それほど審査を厳正にして荘内米の声価を上げようとした実秀の気魄から溢れでた言葉であったろう。
 実秀は、
「事業経営は霰子を育てるようなものだ。」
といっていた。
 事業経営は一粒の雪霰を核として、大きな雪だるまを作っていくような忍苦を必要とすることをいったものであろうが、第六十七国立銀行の場合も、酒田米商会所の場合も、山居倉庫の場合も、まさにその通りであった。倉庫機構の重要性が地方人から認められ、信頼が集ってくるまでには、数知れない忍苦と努力の積み重ねが必要であった。

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