味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

後世畏るべし。

2016-09-15 09:57:52 | ブログ
第2816号 28.09.15(木)
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後世畏るべし。『論語』(子罕)
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 若者は、おそるべきもの、貴ぶべきものである。勉強と努力によって、将来どんな大きな仕事をするかわからないから。50
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 【コメント】人間の一生はわからないものです。貧乏人で、知的に弱く、身体もひ弱で、幼い時はろくに食べ物もなく、人々の後からスタスタついて行くのが精一杯だと思っていた人が、青年から壮年にかけて、一躍脚光を浴びて人生に挑んでいるという話は良く聴くし、事実として見聞してきました。
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 要は、体験をした事を善意に活かすか、悪意にとり邪な人間になりさがるか、何れかだと思います。然し、人間の一生は一度だけしかありません。ともに協力し合って、未知の世界に挑みたいものです。
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 『西国立志篇』を読みやすくした『自助論』をお読みになると大変参考になります。因みに私は、『自助論』を拝読後書き写し、更にテープに録音し、25年間聞いています。
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 能力のない私は、仕事も人の3倍位一所懸命にやってきましたが、『自助論』に出てくる人々には遠く及ばないと思っています。それでも読書をする、筆写をする、仕事をするということは本当に楽しいものです。
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 私のこのやり方だと金銭的な関係がないため、心配する必要がありません。富山市議会?では政務調査費を私的に流用したとか、いろいろあるようです。号泣会見で釈明した県議氏が釈明する時は、どういうつもりで見ていたのでしょうか。
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 今日は第二道場の空手道教室のおけいこ日です。幼児から最近入会した64歳のおじいさんまで、異年齢集団で修行を致します。空手道の基本をして、そして『南洲翁遺訓』を諳んじる、なんて有難いことでしょう。
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 おけいこにくる子供たちは、このおけいこが本当に役立つか否か、未知の世界ですからわからない訳です。ただ後期高齢者の私を信ずるだけだと思います。だから、後々、子供たちから、あんな老人だったかと言われないようにと、真剣勝負のつもりで取り組んでいます。
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 そこには利害関係を抜きにした真摯さがなければならないと思っています。そういった意味で『南洲翁遺訓』等々多くの書籍を繙いてきてよかったとしみじみ思っています。
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 子供たちの将来を展望して、私が代って作成した短歌をご紹介致します。

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 日の本の かくもうるわし 姫はわれ
    父母のお蔭と 天のお蔭と

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 日本一の母を追い、日本一の姫君になるべく、文武両道の道を邁進いたします。世の姫たちもかくあれかしと。    日本空手道少林流円心会 正田かなこ(五才)
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 空拳に 精魂込めて 行重ぬ 
   気力知力の 万全の我れ

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 聡明にして知力気力旺盛な両親のお蔭で、我れがあることを認識し、更なる飛躍を庶幾い文武両道に精進することを厳かに誓います。 日本空手道少林流円心会 正田 宗一郎
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 空手道教室においでになる子供たちは本当に素晴らしい限りです。育て方によっては如何様にでも伸びるのです。明治初期の頃の事を書いた著書を拝読していたら、それはそれは吃驚するような内容でした。文化の発展に反比例して人々は、能力・体力・知力・精神力等々減退して行くのでしょうか。上のお二人には今夜お渡しいたします。

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『臥牛菅実秀』(第351回)
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 黒崎は早速、兄の了恒に手紙を出すと、了恒からは、
「黒田殿の内弟子になることは、少年ともちがうので黒田殿は迷惑だろうから遠慮して欲しい。そのうちに西郷先生にお会いする時もあろう。それまでは菅先生の教を深く信じて学ぶがよかろう。開墾事業はぜひとも成功するように」
という意味の返事がきた。
 黑崎はこの返事を持って、また実秀に会った。そのとき実秀は、
「君は前年、東京で会ったときからみると、格段に進歩している。わしもこの春に西郷先生にお会いしてから一段と進歩した心地がする。一体、君子の胸中は光風霽月のごとく、いささかの曇りもないもので、道と信ずるところには腹一杯に踏み込むものだ。

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『農士道』(第626回)
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 人或はいふであらう。十円の金を與ふるも、十円の金を出せぬのも、其の結果に於ては畢竟同じではないかと。然し之は未だ一を知って二を知らぬものである。由来農業経営は商工経営に比して前述の通り労力に比して金銭的収入の甚だ少い職業である。従って農民の生活は成るべく金をかけずに自給して行くやうな生活に習慣づけられて来てゐるのである。それを農村救済の名の下に、一時的に農民の多くの金を與ふることは、表面農民を救ふが如くにして、其の實、不知不識の間に農民をして金を使ふ生活に馴れしむるとなしとせぬものである。
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