味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

貴を以て賤に下れば、大いに民を得。

2017-06-18 09:21:23 | ブログ
第3092号 29.06.18(日)

貴を以て賤に下れば、大いに民を得。『易経』

 貴い位置にいても、その位に安住せず、むしろいやしい人にまで下ってその教えを求め、その要求を入れてやる。そういうやり方をすれば、大いに民心を得るものだ。222

 【コメント】人間は自分が位置するところが最良であり、かつ思考も素晴らしいと思っている部分はあると思います。ですが、如何なる論理を持っていようとも、決して驕り高ぶることはしてはならないと思います。

 先のブログ第3087号 29.06.13『書経』の教えにある、「お互いを傷つけず、しいたげず、身よりのない者に至るまで、賤しい女に至るまで、かれらを使用するにあたっては寛容をもってする」とあるように、そういう心配りがあって然るべきだと考えます。

 世の中、いろいろ対立志向にありますが、相手を認める努力をすべきだと思います。

 さて、昨夜の本部空手道教室も賑わいました。ただ、優李さんが理解できず単独行動で引っ掻き回す雰囲気にありましたので、そのまま容認すると本人の成長に好ましくないので、厳しく指導しました。

 厳しく指導した先にどういう成果が期待されるのか普通は理解出来ないと思われますが、私の場合、第二道場で修行している慈昭さんの例がありますので、自信があるのです。

 親は子供よりか先に亡くなりますので、その後、当該本人が生きていけるよう自立する訓練が大事なのです。その為の指導育成が大切でありましょう。上に書いた慈昭さんは見事な成長を遂げて下さっていますので、指導者の私は有難く思っています。

 どんなに厳しく叱っても休むことなく御稽古に来てくれ、17年目を迎えているのです。そのため私も老体に鞭打って頑張っているのです。そういうことをお互い様というのであろうと思います。

 貧乏家庭にそだち、難儀苦労をしてきていますので、自分からてを退くということはあり得ないのです。

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『人としての生き方』(第46回)

    士大夫三日書を読まざれば、則ち理義胸中に交わらず。
    便ち覚ゆ、面目憎むべく、語言味なきを。


 これは黄山谷の言葉で、士大夫(大丈夫)たるもの三日も聖賢の書を読まなければ、義理が胸中から離れ、面構えは悪くなって、言葉にも味わいが無くなるのがわかるということです。

 わたくしは昭和二十六年からちょうど三十七年間、松平勇雄先生の秘書として、参議院議員の秘書や国務大臣の秘書官、福島県知事の成務秘書を務めました。松平先生は幕末の会津藩主・松平容保公のお孫さんにあたる方です。
 政治家といわれる人たちを見ておりまして、当選して議員になったり、要職に就いた当初は、この人は流石だなと思った人でも、暫くすると”やっぱり・・”という人も多かった。参議院の議員を見ておりまして、国民の付託を受けるに相応しい議員というのが数える程しかいないのではないかと感じました。

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「死に代えた『南洲翁遺訓』」(第38回)

 歴史に「もしも」は通じませんが、もし菅らがその任務を果たしていたら、その後の日本の歴史も、庄内の歴史も変わっていたかもしれません。
 とまれ、京都大坂では、勤皇・佐幕が入り乱れて激しい謀略合戦を展開していて、戦火の引鉄は秒待ちの形勢だったのです。
 この渦中を肌で実感した菅の目には、この国の帰趨が見えていたことでしょう。そうに違いありません。同行の人たちが、この状況をみて、
「幕府方の藩兵がこんなに多く集まっているとは思わなかった。幕府方は心配あるまい」といいあったところ、それを聞いて菅は、
「それは違う。こういう非常の場合は、人数が多いことは頼みにならない。それよりもそれを指揮する人物が問題だ。どうもいつも幕府方が薩長方に機先を制されているところをみると、よほど優れた人物が(薩長方に)いるに違いない」
といったそうです。

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