味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

優好の所は、久しく恋うること勿れ。

2017-03-21 09:45:31 | ブログ
第3003号 29.03.21(火)
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優好な所は、久しく恋うること勿れ。志を得るの地は、再び往くこと勿れ。『宋名臣言行録』
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 人間には悠長な、また快い遊び場があるものだが、そのような場所をいつまでも恋い慕うような考えを起してはいけない。あるいはまた、志にかなう得意の境遇というものには、二度と行こうと考えてはいけない。得意事は敗れる。しあわせは長く続くものではないから、それに恋々としてはいけない。627
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 【コメント】『宋名臣言行録』のこの教えは大変よい教えだと思います。<優好>な場所というのは、生産的でないからです。私の父は大変博才のある人でした。そしてそれを優好な所で終日遊んでいたものです。だから零細企業はつぶれたのでした。
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 同じ趣味道楽を持つのなら、菅原兵治先生みたいに、漢籍の世界を逍遥した方がはるかに生き甲斐があると思いますので、その道に邁進して欲しいものです。

 そして西郷隆盛が菅先生にお勧めした『書経・詩経』の世界を堪能して欲しいものです。

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『酔古堂剣掃』より、ご紹介致します。

   富貴は大いにこれ能く人を俗にするの物なれども、吾輩(ともがら)をして之に当らし   むれば、おのずから俗ならざるべし。然れどもこの不俗の胸襟あれば、おのずから富貴ならざるべし。
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 富貴はとかく人間を俗にする。その通りである。だから富貴の人間に俗物が多い。しかし、わが友達をしてこれに当らしむれば、「おのずから俗ならざるべし」。俗物にはならん。俗ならざるの胸襟あれば、自ら富貴にならない。なかなか皮肉が利いている。私が富貴になったら、世間の富人・貴人のように俗物にはならん。しかし、俗にならない胸襟・精神がある私などは富貴になれんという。これは負け惜しみと思うが、しかしおもしろい。まあ、こう思っていれば間違いありません。160
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『臥牛菅実秀』(第535回)
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 津田三蔵の、この思いもかけない凶行を聞いたときの政府の驚愕と狼狽は、想像を絶するものがあった。
 ただちに開かれた緊急閣議では、
「いまはただ、上御一人の御力をたのみ奉るほかはない。」
ということに一致して、陛下が直接、お見舞い遊ばれることを奏上し、ついに天皇みずから国民のすべてに代って謝罪されることになった。
 五月十二日の朝、東京市民は明治天皇の行幸を見送った。
   沿道の市民の眼に映った陛下の横顔は深い憂いに閉ざされて、昨夜来の不眠の御心痛が刻まれていた。市民たちは、ことの重大さをわ  きまえていたのであろう。心打たれて眼頭を拭う男たち、顔を両手に埋めて拝む女たちの姿が多く見られ、霧雨にぬれた私の頬にも涙が  伝った。           ----石原真清『城下の人』竜星閣刊-----
 陛下の行幸を知った黒崎は、実秀のところに駆けつけてみると、実秀は昨日と打って変った元気さで、安堵の色が顔面に溢れていた。  
 
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