ひろじいのエッセイ(葦のずいから世の中を覗く)

社会と個人の関係という視点から、自分流に世の中を見ると、どう見えるか。それをエッセイ風にまとめ、ときには提案します。

ルバイヤート

2017年03月21日 | 読書日記
ルバイヤート オマル・ハイヤーム作 小川亮作訳 岩波文庫
 11世紀ペルシャの科学者、哲学者にして詩人のハイヤームによる4行詩集。通読して感ずるのは、全編を楽天主義と無常観が貫いていることだ。作者の思想を表す詩をいくつか抜いて見よう。

*ハイヤームは無類の酒好きだ。酒礼賛が全編に溢れている。

 身のうちに酒がなくては生きてはおれぬ
 葡萄酒なくては身の重さにも堪えられぬ
 酒姫がもう一杯と差し出す瞬間の
 われは奴隷だ、それが忘れられぬ

 墓の中から酒の香が立ちのぼるほど、
 そして墓場へやって来る酒のみがあっても
 その香に酔い痴(し)れて倒れるほど、
 ああ、そんなにも酒をのみたいもの

*学問をして知識が深まっても、人間の認識に限界を感じる懐疑論

 創世の神秘は君もわれも知らない。
 その謎は君やわれには解けない。
 何を言い合おうと幕の外のこと
 その幕がおりたらわれらは形もない。

*そして死後の世界に疑問符を突きつける楽天的現世主義。

 おれは天国の住人なのか、それとも
 地獄に落ちる身なのか、わからぬ。
 草の上の盃と花の乙女と長琴さえあれば
 この現物と引き替えに天国は君にやるよ。

*通奏低音のように、いつも聞こえる無常観。

 君も、われも、やがて身と魂が分かれよう。
 塚の上には一基ずつの瓦が立とう。
 そしてまたわれらの骨が朽ちたころ、
 その土で新しい塚の瓦が焼かれよう。

 さあ、一緒にあすの日の悲しみを忘れよう、
 ただ一瞬のこの人生をとらえよう。
 あしたこの古びた修道院を出て行ったら、
 七千年前の旅人と道づれになろう。

 われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ!
 われらは影も形もなく消えるよ、ああ!
 来なかったとてなんの不足があろう?
 行くからとてなんの変わりもないよ、ああ!

 この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
 帰って来て謎をあかしてくれる人はない。
 気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、
 出て行ったが最後二度と再び帰っては来られない。

 しかし、ハイヤームはこの世を万物流転の無常と見てはいるが、この世を嫌う厭世とは違って、一回きりの人生を精一杯楽しもうとしている。享楽の彼方に誰も避けることのできない死が待ち構えているという一貫した視点と、だからこそ、楽しく生きようという強い意志が表れた詩の数々に強い感銘を受ける。刹那主義的ではあっても、その深い洞察に脱帽した。
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