ひろかずの日記

74歳のおじいさんです。散歩したこと、読んだこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと等々何でも書いてみます。

ひろかずの日記(14) 俳人、瀧瓢水の生き方(2)

2017-05-12 09:18:57 | 加古川市・高砂市・稲美町・播磨町

      老人の生き方(2) 『知的な老い方(外山滋比古著』より

 (その2)前号の続きです。

 瓢水は、通称を叶屋(かのうや)新之丞、のち新右衛門と称した。播磨(はりま)の富商であった。

 千石船を七艘(そう)も有するほど栄えていたのを、瓢水の風流によって、産を失い、晩年はむしろ貧しかった。

 1684年生まれ、1762年没。享年79歳一九。

 生涯、無欲、無私の人で、逸話に富んでいる。

 (これらの逸話については、省かせていただきます)

  ・・・・

 「浜までは海女も蓑着る時雨かな」にまつわるエピソードはこうである。

 瓢水の評判をきいた旅の僧が、瓢水を訪ねてきた。ところが、そのときも、あいにく留守だった。

 どこへ行かれたのかという旅僧の問いに、家人が、風邪をこじらせたので、薬を買いに行ったと答えた。

 それをきいて、旅の僧は、「さすがの瓢水も、命が惜しくなられたか」ということばを残して立ち去った。

 帰ってその話をきいて瓢水の作ったのが、この浜までは海女も蓑着る時雨かなであるといわれる。

 薬を買いに行ってなにがわるいか、年をとってはいるが、いよいよ、となるまでは、わが身をいたわりたい、病気はなおしたい、という含意である。

 そうすると、この「浜」は、死ということにもなる。人間、死ぬまで、生きている限りはせいぜい身をいとい、よく生きることを心がけなくてはいけない。

 どうせもうこの年だから、どうでもよいといった、投げやりな考え方、生き方はおもしろくない。せいぜいつとめて、わが身を正すようにしたいものだ。

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