ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

地域(加印)の風を読む(46) 若狭の水が加古川の井戸から?

2017-03-21 09:11:54 | 地域の風を読む

 昨日(20日・月)の神戸新聞に福留(神野町)の伝承が紹介されていました。

楽しい記事です。ひろかずブログでも取り上げさせていただきました。

 なお、「ひろかずのブログで(2007・9・24)」でも、このニュースを「もう一つの日岡神社」として取り上げましたので、合わせてお読みください。

 今日は、no3515、no.35162の2号での紹介です。

     若狭の水が加古川の井戸から?

         「聖水伝承」の謎調査   (神戸新聞より)

 奈良・東大寺二月堂の「お水取り」に使うとされる福井・若狭地方の聖水が、兵庫県加古川の神社の井戸に湧く。福留日岡神社(加古川市神野町福留)の氏子の間に伝わる伝承を、県いなみ野学園(同市平岡町新在家)の大学院生3人が調べ、伝承が残る井戸の存在を広める活動を始めた。3人は「より多くの人に、歴史あるロマンを感じてほしい」と話す。(津田和納)

 2015年9月、ラジオ関西(神戸市)が同学園と共同制作する番組「いなみ野シニアの元気ニュース」の取材で同神社を訪れ、井戸の存在を知った。

 宮総代の茨木貞夫さん(71)から「かつては、若狭の聖水として井戸水を本殿に供えていた」と聞いたが、既に井戸は埋められた後だった。高田さんは「残念に思ったけど、由来について調べようと使命感を持った」と振り返る。

 若狭と加古川の結び付きを求めて15年11月、3人は福井県小浜市へ。毎年3月2日に聖水を東大寺に送る神事「お水送り」で知られる神宮寺を訪れた。そこで、古来から若狭と奈良は地下を通る水の道で結ばれているとされ、近くの川から注がれた聖水は二月堂の「若狭井」に湧くという言い伝えを取材。さらに住職からは、若狭と関係が深いとして、丹波市春日町の兵主(ひょうず)神社の存在を聞いた。

 3人は後日、同神社を訪れ、地域住民から、かつて付近の池で若狭の水流に生息していた魚が見つかったと聞いた。また、同市は加古川の源流にあたり、水は福留日岡神社近くの曇川まで流れていることも調べた。

 その後、調査の経緯や内容を、番組で3回にわたり紹介。「物理的にありえないけど、面白い」などとリスナーから反響が寄せられたという。

 昨年3月には氏子らが井戸を掘り起こすと、底から冷たい水が湧き出たという。「村の大切な宝として、後世に引き継ぎたい」と茨木さん。看板を立てるなど周辺を整備・保存する予定で、高田さんは「歴史的文化財として市内外にアピールしたい」と話した。(津田和納)  (no3515)

 *写真:伝承のある井戸を調べた(後列左から)粟野勝介さん、安藤興一さん、(前列左端の)高田繁範さんと氏子ら(加古川市神野町福留・神戸新聞より)

 

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