ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

地域(加印)の風を読む(63) 神戸製鋼所加古川へ進出(2)・市の財政は改善されたが

2017-06-18 08:21:29 | 地域の風を読む

 別府・尾上町の浜は埋め立てられ、神戸製鋼所が進出してきました。

 現在、そこは金沢町です。

    神戸製鋼所・加古川市へ進出 

 加古川市の財政は火の車でした。

 昭和36年(1961)2月、3億8000万円の赤字を抱えて、地方財政再建準備団体の指定を受けるまでにいたっていました。

 この時(昭和37年)甘いささやきがありました。

 東は明石から西は赤穂にいたる地域が「播磨工業地帯」として指定を受けたのです。

 そして、昭和37年、加古川市・兵庫県・神戸製鋼所は、神戸製鋼所加古川工場建設に関する協定書に調印し、加古川市は工業都市に向けて一歩をふみだしました。

    加古川市の財政は改善されたが・・・

 神戸製鋼所が本格的創業を始めた昭和45年(1970)頃から、加古川市の財政は徐々に改善されました。

 この意味では、評価できます。

 「・・・第二次産業の中で素材産業が大きなウエイトを占める加古川市の産業構造は不安な状況にあり、今後活力ある街づくりを推進するためには、バランスのとれた産業構造を確立し経済活動を活発化することが必要である・・・」と『平成二年度商工概要』(加古川市経済部商工労政部)は指摘しています。

 が、ご多分にもれず、水質汚濁や大気汚染といった公害とも無縁ではありません。

 別府・尾上町の海岸から海岸が消えました。

 子どもの遊ぶ水しぶきもなくなりました。(no3622)

 *『加古川市史(第三巻)』参照、

 *写真:神戸製鋼所加古川工場

 ◇昨日(6月17日)の散歩(10.443歩)

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