ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

地域(加印)の風を読む(65) 神戸製鋼所加古川へ進出(4)・そして、浜が消えた

2017-06-20 06:32:03 | 地域の風を読む

    そして、浜が消えた

 『加古川市史(第三巻)』の次の指摘に注目してみます。

 ・・・(埋め立てにより)かつての浜辺での海水浴や潮干狩りの楽しさを奪われたのであり、「埋め立て造成」の名の下に、景観の強制的な変更とその受け入れを余儀なくされてしまったのである。

 このことの持つ意味を、私たちはもう一度よく考えてみないといけないのではないだろうか・・・・                                                      


 以下は、復讐で「広報かこがわ」からの引用です。

 (「広報かこがわ」1967年4月15日号より)

 ・・・このしゅんせつにより遠浅の浜辺がなくなり、潮干狩り、海水浴場が姿を消し、昔の面影は一変し、壮観な工場群が建設されようとしている。

 (「広報かこがわ」1968年5月15日号より)

 (見出し) 

 「来春完成めざし 埋め立て始まる

  尾上町・別府町地先の公有水面」

 ・・・現在約十隻のしゅんせつ船がか動しており、排砂管より勢よく土砂が吹き出している、日々海岸が変ぼうしております・・・

 そして、別府・尾上町から海岸線が消えた。

 市民のウオーターフロントはなくなりました。(no3624)

 *『加古川市史(第三巻)』参照

  写真上:昭和30年代の別府浜の海岸線

  写真下:同場所の現在の風景

 ◇きのうの散歩(10.200歩)

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