ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

オマーン国王夫人物語(12) 短かった幸せな生活

2017-11-09 07:13:37 | オマーン国王夫人物語

 日本を訪れたタイム―ルの長男サイード王が後に閉鎖的な圧制を敷いた専制君主になるのですが、この時はまだ、若く聡明な国王でした。

 *前国王サイ―ドの政治については『オマーン国王夫人物語(3)・鎖国時代から近代化へ』をご覧ください。

    短かった幸せな生活

 タイム―ルが神戸に300坪ほどの土地を買いスイートホームの建設に取りかかりました。

 ここに、「二人の愛は永遠のもの、ここを永住の地と定める」といった意味のアラビア語の文字を刻みこみました。

 このころが二人にとって一番幸せな時でした。

 しかし、幸せなときは長く続きませんでした。

 清子さんが結核に侵されたのです。このころ結核は不治の病として恐れられていました。

 タイム―ルは、清子さんを立派な病院に入れました。

 しかし、病状は悪くなるばかりでした。

 タイム―ルは困惑してしまいました。

    タイム―ル、一時神戸を離れる

 「このままでは、ブサイナ姫や自分に病気が移ってしまう・・」と考えたタイム―ルは、一時日本を離れることを決意しました。

 姫は、とりあえず清子さんの母が預かることになりました。

 その後、インドのボンベイに落ちづいたタイム―ルと清子さんの間には、何通もの愛の手紙が交換されています。

 この手紙は、後に見つかりました、後日、その一部を紹介することにします。

 タイム―ルが日本を離れて間もなく、昭和1411月、清子さんはこの世を去りました。23才でした。

 清子さんの死後いったんタイム―ルは日本へ帰りお墓(写真手前左端の墓)を建立した後、ブサイナ(当時3才)とともに日本を去りました。

 太平洋戦争の始まる直前のことでした。(no3777

 *写真:清子さんの墓碑(県立東播磨高校の前の墓地)

 ◇きのう(11/8)の散歩(11.566歩)

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