言葉の散歩 【歌舞伎・能・クラシック等を巡って】

日本の伝統芸能や音楽を中心に、感じたことを書かせていただきます。

言葉にする難しさ  ・・・  能 (宝生流) 『実盛』の感想

2017年11月04日 | 歌舞伎・能など

何かを鑑賞した後に、会場を出てから駅までの道を高揚した気分で歩く、そんな幸せを、大変久しぶりに味わいました。
世阿弥の優れた作品である『実盛』、そして演者の見事な謡と型(舞台上での動き)に心を満たされた、国立能楽堂・定例公演の帰りのことです。

けれども、その舞台の印象や感動を言葉にしようとすると、なかなか考えがまとまりません。
おそらく抽象的で稚拙なものになってしまうと思いますが、思い切って書き始めてみます。

まず『実盛』という能のあらすじを、書かせていただくことにします。

前段は、人々が、念仏称名に与(あずか)ろうと、遊行上人(ゆぎょうしょうにん。ワキ)のもとに集まっているという場面から始まります。
そこに、上人以外の人には見えない霊(前シテ)が現れます。
上人が度重ねて名前を問うと、シテは、200年も前にこの地の戦さで討ち死にした斉藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)の霊と名乗って、姿を消します。

後段のシテは、白髪を長く垂らし、梨子打烏帽子(なしうちえぼし。冑(かぶと)を表します)を着け、腰に太刀を差した武者の姿で現れます。
出陣前の自ら(実盛)の覚悟の支度や合戦の有り様を語り、最後は上人に「どうか弔ってください。」と頼み消えていく、そのようなすじです。



特に後段は見どころ、聞きどころが多いのですが、実盛討ち死に前後のエピソードが、時系列にではなく語られるというのが、この能の特徴の一つです。

最初に語られるのが、彼の死後の話です。
実盛は、老人と侮られないよう、髪、髭を染めて戦に臨みました。
しかし終に打たれてしまった後、実盛を知る敵が不思議に思い池の水で洗ったところ、
「墨は流れ落ちて もとの白髪となりけり。」
誇り高い武士はこうあるべきだ、なんと優美な心だと、その場にいた敵は
「皆感涙をぞながしける。」

次は、髪だけでなく身に着けているものにも、実盛の覚悟がこめられていたことが語られます。
故郷の地が合戦の場になり、その場所で死ぬことを予感した実盛は、「故郷に錦を飾る」という言葉に従い、仕える平宗盛に願って錦の直垂を賜り、それを身に着け、死の覚悟をもって出陣したというのです。

そして最後に、死に際の実盛の、果敢に敵を倒す様子、手塚太郎と相対し激しくやり合うものの、手塚の郎等の手にかかり、無念にも打たれてしまう張りつめた場面が描写されます。

こうした印象深いエピソードを巧みに盛り込んだ素晴らしい脚本に、シテの謡、動き、地謡、囃子が命を吹き込んだと言えばよいでしょうか。
老いを口実にせず、正々堂々と立ち向かおうとする実盛の心映え、それを敵ながらあっぱれと称える源氏方の武者の心、慣れ親しんだ故郷への特別な思い、打たれた無念などが、私の心に迫ってきました。
中でも特にシテの謡と型は、その表現力の豊かさに、眼を見張る思いでした。
前段の、胸に思いはありつつも、ただ有り難い念仏称名を聴きに来たと言うシテ(霊)は、声も暗さを帯び、抑制された謡で、その姿・動きも、どこか実体のない感じのする、小柄な老人でした。
けれども後段、太鼓の入った出羽(デハ)という囃子で再び登場したシテには、老いた姿ではあっても勇猛剛力だったことを偲ばせる重量感が感じられ、老武者らしい、力強い謡、型でした。
烏帽子のせいもあると思いますが、後段のシテは、前段より体が一回り大きく見えました。



優れた能、優れた演者であっても、必ずしも名舞台が生まれるとは限りませんし、見る側のその日のコンディションも、感じ方を左右することになると思います。
私にとって、今回の『実盛』はその条件がうまく重なったようでした。
心満たされる鑑賞ができたことを、本当に嬉しく思いました。



≪シテ≫武田孝史
≪ワキ≫工藤和哉  ≪ワキツレ≫則久英志・梅村昌功
≪アイ≫能村晶人

≪笛≫一噌庸二 ≪小鼓≫曽和正博 ≪大鼓≫山本哲也 ≪太鼓≫前川光長

≪後見≫宝生和英・小倉伸二郎

≪地謡≫金森隆晋 佐野玄宣 小倉健太郎 大友順 (前列) 
     佐野由於 高橋章 大坪喜美雄 金森秀祥 (後列)




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