言葉の散歩 【歌舞伎・能・クラシック等を巡って】

日本の伝統芸能や音楽を中心に、感じたことを書かせていただきます。

「木遣り」  ・・・龍角散ダイレクトのCM・神田祭編を見て

2017年05月10日 | 歌舞伎・能など
神田祭の粋な唄と映像に、最初は何の広告かと思いましたが、最後にきて、龍角散ダイレクトのCMだとわかりました。

揃いの法被、音頭をとる一人の高い一節に続いて、多くの男性の声が和し、威勢と洗練の両方を感じる映像。
このCMで流れている「木遣り(きやり)」、神田祭木遣り衆によるものだそうです。

これを見て、木遣りを、ちょっと調べてみることにしました。

そもそもは、作業をする時に調子を合わせたり、無事を祈ったりするための労働歌が起源ですが、作業によって2種類に分けられるそうです。

一つ目は、大木や岩などとても重い物を運ぶ時のもの。
二つ目は、土地を突き固める時のもの。
となります。

諏訪の御柱祭には「曳行(えいこう)の木遣り」、「神事(山の神様をお迎え・お送りする)の木遣り」があるそうですが、これは一つ目に属します。
「下諏訪木遣り保存会」のサイトの動画で、迫力ある映像とともに、天に届きそうな甲高い声が印象的な木遣りを聞くことができます。

歌舞伎・文楽の『三十三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』の「木遣音頭の段」、哀愁を帯びた義太夫・三味線が胸に迫りますが、これも実は母親であった柳の大木を運ぶ場面ですから、一つ目ということになります。


CMの木遣りは、江戸の火消しに伝わるものですが、これは二つ目に属すそうです。(※1)
最初は労働歌でしたが、徐々に棟上げや祝い事、祭りなどで唄われる祝い歌となり、江戸独特の「木遣り」となりました。

平成24年の平成中村座「め組の喧嘩」のフィナーレで、手締めの際に木遣りが唄われたそうですね。
実際にその場に居合わせた方、とても幸運な方でいらっしゃいますね!


以下大変個人的、且つ古い話で恐縮ですが、おつきあいいただければ嬉しいです。
高校生の時でした。
母と、銀座の人通りがあまりない裏道、しかも夜というのは、この時以外ない事ですので、はっきりと覚えています。

銀座の中心地から少し外れた場所であった会の帰り、夜の九時半か十時ごろだったでしょうか、思ったより遅くなった母と私は、家に残してきた父と弟を気にしながら駅に向かっていました。
三々五々ゆっくりと歩いている男性の集団を追い抜こうして、少し足早になっていた私たちが、ちょうどその集団の真ん中あたりになった時、その中の一人が高い、とても良い声で唄い始めました。
すると、周りの皆が声を合わせ始めたのです。

私はそれが何なのかわからず、まず怖いと思いました。
怖さは、状況に対してと、声によって作られる特別な力への畏れの両方でした。

母と私は速度は落とさずに、でも失礼でない程度の抜き方を考えつつ、黙ったまま歩き続けました。
声が聞こえなくなった頃に、私はようやくほっとして、
「今のは何というもの?」
と母に尋ね、それが木遣りであることを知りました。

こんなことが私に起こるとは、と思う、特別な思い出の一つです。

お読みくださり、有り難うございました。

CMは、5月1日から10日(今日)まで、首都圏限定の放送だそうですが、龍角散ダイレクトのサイトの、広告ギャラリー(下の方にあります)「祭りののどに 神田祭編」動画でご覧になれるようです。


※1  「日本火消し保存会」のサイトを参考にさせていただきました。


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